化学:次世代材料ナノグラフェンを合成するための"のり"

  • 2011/09/28

次世代材料として注目されているナノグラフェンの実用化に必要である酢酸パラジウム/オルトクロラニル触媒を用いたボトムアップ的合成手法の確立に成功。

グラフェンとは、平面上に炭素が蜂の巣のように結合し、シート状になった材料を示す(図1)。グラフェンは、種々の物理特性をもつため、様々な技術分野から注目を集めている。物理特性の中でも、特に目を引いているのは、物質内を電子が移動できる速度であり、電子材料としての性能を表す電子移動度が非常に高いことである。このことは、将来的に現在のシリコン系半導体素子を大幅に超える性能をもった半導体素子を開発することが可能となることを意味する。さらに、透明電極などの電極材料の効率向上にもつながる。このように、グラフェンは、パーソナルコンピュータや太陽電池をはじめ多くの電子機器への利用が期待されている次世代の材料である。

ナノメートル(10-9メートル、10億分の1メートル)単位の大きさ、幅をもつグラフェンをナノグラフェンと呼ぶ。電子移動度をはじめとするグラフェンの物理特性を決定するのは、ナノメートルレベルにおける形状である。よって、グラフェンを実用化するためには、ナノメートルオーダーで形状を制御したナノグラフェンを合成する技術が必要となる。グラフェンを生成する技術としては、スコッチテープ法(粘着テープによる無水グラファイトからの機械的剥離によりグラフェンを生成)などがある。しかし、これらの技術ではナノメートルオーダーでの精密な合成を行うことは難しかった。 ナノオーダーでの精密な合成を行うためには、ナノグラフェンを構成する「部品」に相当する化合物から基本骨格を生成し、それらを順次連結させていくことで最終的に所望する形状のナノグラフェンを合成することを意味するボトムアップ的手法を新しく開発する必要がある。ボトムアップ的手法は、直感的で簡単に実現しそうに思える。しかしながら、今までそのような手法は存在しなかった。ボトムアップ的手法を開発するために必要となるのは触媒である。触媒とは化学反応を促進する効果をもち、「部品」同士を結合する「のり」の役割を持つ物質を指す。

名古屋大学GCOEプログラム「分子性機能物質科学の国際教育研究拠点形成」に属する伊丹健一郎教授、川澄克光氏, 望田憲嗣氏, 瀬川泰知助教らのグループでは、触媒として酢酸パラジウムとオルトクロラニルを使用することによりナノグラフェンを構成する基本骨格を生成するボトムアップ的合成手法の開発に成功した。 ナノグラフェンを構成する部品である多環性芳香族炭化水素とアリールボロン酸誘導体(ホウ素化合物)に対して、「のり」の役割を果たす触媒として酢酸パラジウム/オルトクロラニル使用することで、図2に示した多環性芳香族炭化水素の赤丸の位置で結合反応(C-H/C-Bクロスカップリング反応)が進行し、「部品」同士が結合する。さらに、クロスカップリング反応後、塩化鉄を酸化剤として使用すると、図の緑丸の位置に環が生成され(縮環反応と呼ぶ)、シート状の物質が生成される。このシート状の物質がナノグラフェンの基本骨格となる。合成できた基本骨格に対して、繰り返しカップリング反応を施す、または、物理的手法と併用することにより、ナノオーダーで大きさを制御したナノグラフェンを合成することが可能になる。

伊丹教授は「ボトムアップ的アプローチは直感的にわかりやすいが、そのために必要不可欠な部品同士を結合する"のり"に相当する触媒を開発することが非常に難しかった。今回の成果は世界に先駆ける画期的な研究である。また、今回の触媒により、ナノグラフェンの基本骨格に相当する部分の合成に成功したが、本触媒は、他の炭素化合物の結合反応にも幅広く活用できるものである。今後は、化学的手法や物理的手法を併用することにより、本手法で合成した基本骨格を連結させていき、所望する形状をもつナノグラフェンの精密合成を行っていきたい。また、開発した触媒をグラフェン以外の合成にも応用していきたい。」と話している。




図1.概要。グラフェンを構成する部品である青(多環性芳香族炭化水素)と赤(アリールボロン酸誘導体)を結合させるボトムアップ型アプローチ。


図2.酢酸パラジウム/オルトクロラニルを触媒とする多環性芳香族炭化水素とアリールボロン酸誘導体のC-H/C-Bカップリング反応。


図3.C-H/C-Bカップリング反応後、塩化鉄を酸化剤とする縮環反応により、ナノグラフェンの基本骨格部分を生成する。


図4.伊丹教授は「ボトムアップ的アプローチは直感的にわかりやすいが、そのために必要不可欠である部品同士を結合する"のり"に相当する触媒を開発することが非常に難しい。今回の成果は世界に先駆ける画期的な研究である。」と話している。


図5.伊丹研究室の様子

研究者所属

名古屋大学 GCOEプログラム"Elucidation and Design of Materials and Molecular Functions"

参考文献
  1. Kenji Mochida, Katsuaki Kawasumi, Yasutomo Segawa, and Kenichiro Itami, J. Am .Chem .Soc. 2011.

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