植物の『空腹ホルモン』を発見

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  • 2015/01/09
  • 理学研究科
  • 田畑亮博士研究員
  • 松林嘉克教授

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名古屋大学大学院理学研究科 生命理学専攻の松林嘉克教授と田畑亮研究員、住田久美子研究員、篠原秀文助教らの研究グループは、植物の窒素不足を感知した根でつくられ、他の根からの窒素取込みを相補的に促進する働きをする新しいホルモン「CEP」を発見するとともに、その作用のしくみを明らかにしました。この発見は、変動する窒素環境に対する植物の巧みな適応能力の一端を明らかにするとともに、窒素飢餓に強い作物の作出にも応用が期待できるものです。
この成果は、2014年10月17日に米国科学誌『Science(サイエンス)』で発表されました。→ 名古屋大学プレスリリース


植物の根が見せる窒素吸収の巧みな連携プレー。 植物の「空腹ホルモン」発見で、 窒素肥料の効果的・効率的調節に期待膨らむ。

植物の成長に欠かせない「植物ホルモン」。

植物自身が作り出し、植物の生理活性や情報伝達を調節する機能を有する物質である。一般有機化合物の形をしたものに加え、近年では、細胞間情報伝達に関与しているペプチドホルモン(ペプチド性分子)も含む。

―未知のホルモン発見、およびその作用のしくみ解明に向けて、益々熱い分野なのだ。


植物ホルモンの研究と言うと、例えば、『どうして花が咲くのだろう』などの現象面から入り、そのメカニズムを探る中で偶然見つかってくることが多い。


「僕らは、物質屋なんですよ。」

名古屋大学大学院 理学研究科の松林嘉克教授ら研究グループは、植物の成長の秘密を物質(分子)の側から探る。調べる最初の段階ではどんな機能を持っているか分からなくとも、情報伝達分子をいろんな方向から、いろんな手がかりを頼りに進めていく。


手がかりの一つは、アポプラスト(細胞と細胞の隙間)を行き交うシグナル分子群を解析すること。その高精度解析を独自技術として確立していることは、まさに研究グループの強みだ。


研究グループはまた、研究室でホルモンの受容体候補を発現させた培養細胞の株を数年かけて作り、ライブラリを構築して、いつでも研究に使えるようにと-80℃の冷凍庫に保存している。数にして、受容体候補は約600個、これで「ほぼ全部」だという。一方、特定の受容体に特異的に結合する物質(リガンド)は、そのうち5%程度しか見つかっていない。


「植物の形態形成に関わるリガンド―受容体ペアを見つけ出し、個々の生理機能を分子レベルで明らかにしたい。」

特定の生命現象から入り、それに関与する遺伝子群を一つずつ探し出すのではない。それとは逆のアプローチにより、松林教授らは研究を進める。「着眼点を変えること」が、これまで見過ごされてきた面白い現象やしくみを見出せる大発見につながる。


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アミノ酸は、組み合わせ様々にして多様な構造を持つペプチドを形成し、一部はリガンドとして働く。それがいわゆる「ペプチドホルモン」だ。長さを50~150アミノ酸に限定しても、植物のゲノム中には約1,000個ものペプチドが存在する。


「生物は大事なペプチドホルモンについては、遺伝子のコピーを予備としていくつも持っていて、その機能を失わないようにしているんですよ。」

遺伝子のコピーは、遺伝子配列は少し異なるものの、機能は同じ。通常の株とホルモン欠損株とを比較することで、そのホルモンの機能が現象として分かってくるが、これら遺伝子コピーをもつホルモンを一個ずつ潰していっても予備の分子が作用を補うので、何も起こってこない。ここに、ホルモン研究の難しさがある。


「見過ごされてきたホルモンを発見する。」

大事なペプチドホルモンが、遺伝子のコピーをいくつも持っているなら、遺伝子のコピーが多いものは大事なペプチドホルモンの可能性がある。2010年、松林教授らは、ペプチド分子の特殊な構造をつくりだす酵素(翻訳後修飾酵素)に着目することでその難しい壁を超えた。根の成長に必要なホルモンRGF(Root Meristem Growth Factor)を発見したのである(Matsuzaki et al. Science (2010) 329: 1065-7)。


今回の研究成果も、構造に着目することが発見の鍵となった。

まず始めに、ゲノムが解読されているシロイヌナズナの遺伝子情報から、候補となるペプチド群を選び出した(図1)。それはC末端に保存された配列を持っていたことから、CEP(C-terminally Encoded Peptide)と名付けられた(Ohyama et al. Plant J. (2008) 55: 152-60)。




図1.CEP
図1. CEPの配列。同じ配列を示す確率の高い順に黒、グレーの色が付けてある。(図は、説明資料として松林教授より提供)



「CEPの多くは根で特異的に発現しているが、何をしているか最初は見当がつかなかった。」

同研究グループの田畑亮博士は、CEPをペプチドホルモン候補として解析し始めた。しかし、CEPの場合も、コピー遺伝子が多数存在しているために、全てを欠損させた植物をつくることは難しい。


「受容体側から攻めよう。」

田畑博士は、研究グループで保持している受容体ライブラリを用いて、総当たり戦によりCEPとの結合実験を進めた。幸運にも、40個程度調べた時点で、CEPの受容体(CEPR)が二つ見つかった。


そこで、CEPRの欠損株と野生株を比較。CEPRの欠損株では、側根の伸長や、葉の黄化、植物体の矮小化などの形態変化が現れた(図2)。これらは、植物の栄養素である窒素が欠乏状態にある時にしばしば観察される。が、窒素応答のどの部分に関わっているかはまだ調べる必要がある。



図2.野生株とCEPR欠損株の比較

図2. 野生株とCEPR欠損株の比較。(図は、説明資料として松林教授より提供)



「現象を説明する論文を片端から調べた。」

いくつかの仮説を立てては検証する実験を繰り返すなかで、ついに、CEP-CEPRペアの働きは、「全身的窒素要求シグナリング(Gloria M. Coruzzi et al. PNAS (2011) 108: 18524-9)」に関わっていることが分かった。


全身的窒素要求シグナリングとは,根の片側が窒素不足になったときに,もう片側の根で余分に窒素栄養を取り込むしくみのことである。CEPRは、地上部の葉などの維管束(葉脈部分)で発現している受容体だが、土壌中の硝酸イオンの分布が不均一な場合、CEP-CEPRの働きによって、植物個体で硝酸イオン取り込み量を最適に保つように制御していることが分かったのである。


ここにCEPの機能と作用のしくみをまとめたい(図3)。

根の一部が窒素飢餓になった場合、根におけるCEPファミリーペプチドの発現レベルが急上昇し、道管を経由して、地上部の葉などの葉脈部分で発現している受容体CEPRで認識される。

ここで、さらに生産される2次シグナルが根に再び移行し、別の根に働きかけて余分に窒素栄養を取り込ませることによって、局所的な不足分を補っている。

CEPはいわば「空腹ホルモン」であり、それを知った他の根が余分に食べることによって、常に安定した個体の成長が支えられていたのである。



図3.CEPの機能と作用のしくみ図3. CEPの機能と作用のしくみ。(図は、説明資料として松林教授より提供)


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「みんなと同じ方向じゃない方が、見過ごしの大物が見つかる。」

発想の転換の大切さに改めて気づかされた、今回の大発見。


植物の環境適応能力の巧みさや賢さに納得をもたらすとともに、私たちの生活に大事に関わってくる植物成長の化学制御にも新しい概念を生むことになるだろう。そしてそれは、現状の環境問題や食糧不足の問題に、原理的には対処できる、との期待を膨らます。


静かに可憐に生きる植物たち

― ダイナミックな情報伝達で、賢く生きる姿に益々魅了される。

(梅村綾子)


研究者紹介

松林 嘉克(まつばやし よしかつ)氏【名古屋大学大学院 理学研究科 教授】

松林氏1971年三重県の生まれ。1997年名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了。同助手、助教授(准教授)を経て、2011年より基礎生物学研究所教授。2014年4月から現職。

2001年農芸化学奨励賞;
2008年日本植物生理学会奨励賞
2010年日本分子生物学会三菱化学奨励賞。


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趣味は写真を撮ること。教授室にはスウェーデン最北端で撮影したオーロラの写真が飾ってあり、神秘的な色につい惹きこまれた。
研究は、集中力。「オン/オフを切り替えながら、その現場で幸運を見つけることが大切だ」と松林氏は話す。オーロラも当時ここ半年でベストな現れだったとのこと。運も実力のうち。これからも実力ある研究室をリードされていくことだろう。益々のご研究成果に期待したい(梅)



田畑 亮(たばた りょう)氏【名古屋大学大学院 理学研究科 博士研究員】

田畑氏2007年名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了。その後、同研究科でCOE研究員、2010年東京大学大学院理学系研究科 特任研究員、同年 熊本大学大学院自然科学研究科で文部科研研究員、2013年基礎生物学研究所NIBBリサーチフェローを務める。2014年より、現職。

2008年 Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry (B.B.B.)論文賞。


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趣味は釣り。「いつも周りに釣り好き仲間や先輩が多いから続いている」という田畑氏を、人徳ゆえの幸運の持ち主に思う。
海の中を想像しながら、魚がどこにいるだろうと考えることを楽しむ田畑氏。「見えない部分を考えることは大事だし、好きだ」と話す。今回の研究成果に益々勢いをつけて、今後のご活躍も追っていきたい(梅)


情報リンク集

Ryo Tabata, Kumiko Sumida, Tomoaki Yoshii, Kentaro Ohyama, Hidefumi Shinohara, and Yoshikatsu Matsubayashi
Perception of root-derived peptides by shoot LRR-RKs mediates systemic N-demand signaling.
Science 346: 343 (2014).
First published on 17 October 2014; DOI: 10.1126/science.1257800

Yo Matsuzaki, Mari Ogawa-Ohnishi, Ayaka Mori and Yoshikatsu Matsubayashi

Secreted peptide signals required for maintenance of root stem cell niche in Arabidopsis.

Science 329: 1065 (2010).

(First published on August 27, 2010; DOI: 10.1126/science.1191132)

Kentaro Ohyama, Mari Ogawa and Yoshikatsu Matsubayashi

Identification of a biologically active, small, secreted peptide in Arabidopsis by in silico gene screening, followed by LC-MS-based structure analysis.

Plant J. 55: 152 (2008).

(Published on June 28, 2008; DOI: 10.1111/j.1365-313X.2008.03464.x)

Sandrine Ruffel, Gabriel Krouk, Daniela Ristova, Dennis Shasha, Kenneth D. Birnbaum, and Gloria M. Coruzzi
Nitrogen economics of root foraging: Transitive closure of the nitrate-cytokinin relay and distinct systemic signaling for N supply vs. demand.
PNAS. 108: 18524 (2011).
(Published on October 24, 2011; doi:10.1073/pnas.1108684108)

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