34億年前の微化石"解剖"に成功 ―初期生命像の手がかりに―
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- 2015/09/17
- 環境学研究科
- 杉谷健一郎教授
- 三村耕一准教授
名古屋大学大学院環境学研究科の杉谷健一郎教授、三村耕一准教授、リージュ大学(ベルギー)、リール大学(フランス)らの研究グループは、西オーストラリア・ピルバラクラトンに分布する約34億年前の地層から非常に珍しい微化石を発見しました。この微化石は、34億年前のものとしては異常に大きく、複雑な形態を呈しており、分離・抽出、そして電子顕微鏡等を駆使することで、その複雑な内部構造の解明にも成功しました。本研究は、我々が従来考えていた以上に34億年前の化石記録は豊富であり、かつ、それらは当時すでに多様な生物群からなる複雑な生態系が成立していたことを立証し、初期生命像に関するパラダイムの転換を促すものといえます。
本研究成果は、米国の科学雑誌Geobiology誌のオンライン版に2015年6月13日に公開されました。→リンク:全学プレスリリース
「私たちは、なぜこれほどまでに発展してきたのか?」 人類の本質的な問題解明に向けて、研究者らが挑む。
地球が誕生したのは、今から約46億年前。そして生命の起源は38億年以前に遡るとされている―
「慎重でなければならないです。“微”化石ですから。」
名古屋大学大学院環境学研究科の杉谷健一郎教授は、地球初期の生命の姿とその進化を追求する。29~38億年前の太古代の地層から発掘される化石は、“生物だった”とはいえ、単細胞からなる原核生物だとされている。単純な形、そして小さなサイズゆえに判定基準を設けることすら難しい原核生物の化石は、その真偽をめぐって、激しい議論が戦わされることもあるほどだ。
「太古代の石および古生物の研究」に取り組んできた杉谷教授は、「生命の起源」を専門とする同研究科の三村耕一准教授と研究チームを結成し、研究体制を強化する。二人は、学生の頃同じ研究室に在籍し、肩を並べて研究に勤しんだ仲。現在は、互いに独立して異なる分野で研究室を主宰するが、根本の興味・関心で意気投合できるのだという。
今回、杉谷教授と三村准教授ら研究グループは、34億年前の複雑な生態系、および 初期生命像の進化に新たな可能性を提示することができた。太古代の微化石研究に新しい道を切り拓いたのである。
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「太古代(25億年~38億年前)」とは、こんな時代だった:
生命誕生の約38億年前、地上には強い紫外線が降り注ぎ、火山活動が活発だったため、生命誕生の場は海の中だったとされる。アミノ酸、核酸塩基、糖などの有機物と、大気中に存在した二酸化炭素、窒素、水などの無機物が、雷の放電や紫外線などのエネルギーにより結合し、やがて生物が誕生していったと考えられている。
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初期の生物は、全て原核単細胞生物だった。海の中を漂う有機物を利用して、嫌気呼吸(酸素を使わない呼吸)により生息していたが、有限である有機物に頼ることも難しくなり、自分で栄養を作り出すよう進化していった。—化学合成、光合成等の独立栄養のはじまりである。
30億年以上前に光合成をおこなう原核生物、シアノバクテリアが誕生し、無機物である二酸化炭素と水から酸素とブドウ糖などの有機物が作られるようになった。徐々に酸素が蓄積され、やがてそれを利用する微生物が誕生したといわれている。
そんな太古代の化石だ。通常発掘されてくるのは、わずか数 µm (1 µm = 1/1000 mm)ほど、とかなり小さい「微化石」である―
化石・生命研究は、1960年代に約20億年前のカナダ・ガンフリント微化石群の発見で幕を開け、1990年代には測定技術の開発にともなって、生命の進化史は議論を深めていった。
1993年には、高倍率顕微鏡により、西オーストラリアのピルバラ地域で発見された34億6500万年前の微化石が観察された(Schopf, Science (1993) 260: 640-6)。
また、分解した細胞の残留物である炭素の小さな粒などは「生命痕跡」として有力な材料となるが、その炭素試料の組成や構造を測定する技術も開発された。
1996年グリーンランド南西部では、生命痕跡を頼りに38億3000万年前の微化石が報告された(Mojzsis, et al., Nature (1996) 384: 55-9)。同年、南極大陸では、39億年前のものとされる火星起源の隕石に生命の痕跡が見られた、という発表もあった(McKay, et al., Science (1996) 273: 924-30)。
図1. 西オーストラリアの風景(図は、説明資料として杉谷教授より提供)
「私は、1989年より、太古代の地球と生命に関する研究に取り組んでいます。」
1989年当時、博士課程の学生だった杉谷教授は、太古代の石への興味から、太古代の地層が豊富に存在する西オーストラリア(図1)を訪れた。以来、太古代の地球と生命に関する研究は、杉谷教授の「ライフワーク(人生のテーマ)の一つ」だと話す。
2001年には、一つの大きな幸運が舞い降りた。サンプリング調査で、再度 西オーストラリアを訪れたときのことだ。
化石を探すつもりはなかったのだが、偶然にも採集した30億年前の石の中に微化石が見つかった。それも、異常に大きく、数十µmもあったのだ。微化石の中には、細胞分裂中と考えられるような複雑な形態のものもあった。
しかし、その直後の2002年ごろ、世界中の多くの研究者らの間で大論争が繰り広げられた。地質学的な知見から、38億年前の生命痕跡の報告に異論を示す者が出てきたのである。
例えば、グリーンランド南西部は、マグマの活動や地殻変動が繰り返され、恐ろしく複雑な地層になっているのだという。地質学的な再評価の結果、細胞が細胞として残っているなどとは、とても考えにくいとされた。それゆえ、そこで得られた特殊な炭素組成や微化石に類似した形態について、実は生命とは無縁の無機化学反応によってできた可能性も示唆された。
「そんな世界の大論争の最中です。私たちの30億年前の微化石を発表しても、信用が得られにくいかもしれない、と必死になって研究を続けました。」
杉谷教授らが研究の対象とした地域は、マグマの影響を受けにくく、地層の保存状態も良い、西オーストラリアのピルバラ地域(図2)。加えて、オーストラリアの地層に詳しい現地の研究者にも共同研究者になってもらい、厳密にデータを解析していった。
図2. 西オーストラリアのピルバラクラトン(赤色)(図:By User:Hesperian [CC BY-SA 3.0) via Wikimedia Commons])
それらの研究成果は、2007年以降、計15編の論文で報告されている(2007年のSugitani, et al., Precambrian Research (2007) 158: 228-62を第一編として)。
その信頼性から、「30億年前の大型で多様な形態の微化石の存在(図3)」を揺るぎないものとし、杉谷教授らの発見は、広く学会に受け入れられるようになった。
図3. 30億年前の大型で多様な形態の微化石(図は、説明資料として杉谷教授より提供)
「更に興味深いことに、この大型微化石は、“似たもの”が南アフリカの34億年前の地層に見つかっていたのです。」
杉谷教授らは、「南アフリカの34億年前の地層にあるなら、オーストラリアの34億年前の地層にも見つかるかもしれない」と狙いを定め、34億年前の地層だとされるオーストラリアのスティルリー・プール層へ出向いた。
そして、2005年および2008年のサンプリング調査で、約34億年前の大型微化石を発見したのだ。2010年、他地点での再調査においても、同様の化石が産出できた(Sugitani, et al., Astrobiology (2010) 10: 899-920)(Sugitani, et al., Precambrian Research (2013) 226: 59-74)。
微化石の発掘、そして分離・抽出に加え、今回は、“解剖”をも可能にした―
「三村先生は、石も分かるのです。」
発掘現場(図4)で、杉谷教授と三村准教授は、岩石が採れる地層から当時の環境を推測し、どんな岩石に化石が入っているのか、議論を重ねた。微化石は、黒い石を頼りに探す。生き物が化石化すると、有機質の膜が炭化する(黒い)からだ。
約1週間の発掘作業で集めた黒い石は、研究室に持ち帰って、分離・抽出へと作業を進めた。
微化石を含んだ石は、チャートと呼ばれる石英(ガラスと同じ成分・SiO2)を主成分とするため、薄めた塩酸–フッ化水素酸でゆっくり分解しながら、微化石を壊さないように抽出する。その後、実体顕微鏡で観察しながら、微化石を拾い上げていく。25 gあたりの石ころからは、数百の微化石が抽出できるのだという。
杉谷教授らが採掘した34億年前の微化石は、形態的にも実に多様だ(図5)。
通常、太古代の微化石というと、数 µmより小さく、球体やひも状のものがほとんどだが、杉谷教授らの発掘した微化石群は、フィルム状、小球状、大型の球状、レンズ状、フィラメント状のものが、同一地層の中に混在する。大きさも、~80 µmにもなる。
図5. 様々な形態の34億年前の微化石(図は、説明資料として杉谷教授より提供)
抽出した微化石の“解剖”については、電子顕微鏡を用いて、空飛ぶ円盤のようにツバのついたレンズ状の微化石を切断し、その断面を観察した(図6)。これにより、この微化石の内部が3次元網目構造をもち、頑丈な有機質の膜で覆われている、ということを世界で初めて確認したのだ。
図6. 34億年前のレンズ状微化石とその断面図。電子顕微鏡画像のうち、(a) TEM画像 (b, c) SEM画像。(図は、説明資料として杉谷教授より提供)
内部構造の観察から、原核生物のシアノバクテリアの内部構造に似ているようでもある。一方で、比較的サイズが大きいことに加え、頑丈な有機質の膜、および、ツバ上の突起を形成していることから、真核生物的だとも考えられる。ともすると、現生生物の3大グループ(真核生物、真正細菌、古細菌)のいずれにも属さない絶滅したグループなのかもしれない。
杉谷教授らは、「この可能性を慎重に検討し結論付けるには、更なる研究が必要だ」としている。
いずれにしても、34億年前の化石記録が豊富であったことは、私たちの想像以上のことであった。当時すでに多様な生物群からなる複雑な生態系が成立していたかもしれず、初期生命像の見解に、新たな風を吹き込んでいる。
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人類の本質的な問題でもある生命の進化ー
今回の研究成果を受け、杉谷教授は更なる疑問点をぶつけた:
- 太古代には、原核生物しかいなかったのか?
- 30億年前と34億年前はどのくらい異なるものか?
- 化石を判定するための基準は設けられるのか?
「チャートの化学組成が一つの重要なカギとなる。」
杉谷教授は、地球化学分野の重要性を指摘する。研究者らの壮大な議論の先には、地球を超え、火星を始めとした宇宙の謎に迫る勢いもあるのだそうだ。
宇宙に生命体は存在するのか?
―そのような謎も、解き明かされていくかもしれない。
(梅村綾子)
研究者紹介
杉谷 健一郎(すぎたに けんいちろう)氏【名古屋大学 環境学研究科 教授】
1986年名古屋大学理学部を卒業後、1992年同大学院理学研究科地球科学専攻博士課程を修了し、名古屋大学より理学博士の学位取得。1991年より同大学教養学部および情報文化学部にて助手を務めた後、2000年より同大学院情報文化学部で助教授、2001年より同大学院環境学研究科で助教授として活躍する。2006年より現職。
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地球初期の生命の姿と進化の解明に向け、微化石研究に勤しむ杉谷氏。はるか宇宙の生命進化の可能性についても論じていきたい、とその胸の内を語って頂いた。そんな時間も空間もはるかに超えた壮大な研究テーマに加え、杉谷氏は、実はローカルにも目を向ける。生まれ育った故郷・三重県を流れる櫛田川や員弁川、そして濃尾平野を流れる木曽三川の水環境を維持、復元、構築していきたいのだという。
興味のままに研究(ライフワーク)に打ち込む杉谷氏。更なる研究成果も期待したい(梅)
三村 耕一(みむら こういち)氏【名古屋大学 環境学研究科 准教授】
1992年名古屋大学大学院理学研究科博士前期課程修了。その後、同大学院理学研究科にて助手を務め、1995年名古屋大学より理学博士の学位取得。1995年より同大学院環境学研究科助教授を経て、2005年より現職。
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生命の起源について、「ベクトル(方向を持つため、以下、時間軸を矢印で表す)がぶつかる瞬間が見たい」という三村氏。生命起源はどこまで遡れるか(←)に加え、地球生命のもとになったといわれる有機物を含んだ隕石が衝撃とともに地球に落ちた瞬間(→)が分かってくれば、生物の痕跡(→←)が見えてくるという。
興味深い研究テーマに加え、「トークも面白い!」と評判の三村氏。今後益々のご活躍を期待したい(梅)
情報リンク集
- 杉谷研究室HP http://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~sugi/Site/HOME.html
- 三村研究室HP http://www.eps.nagoya-u.ac.jp/~geochem/member/kmimura/
- 名古屋大学情報文化学部HP http://www.sis.nagoya-u.ac.jp/index.html
- 名古屋大学大学院 環境学研究科 HP http://www.env.nagoya-u.ac.jp/index.html
- 今回の論文のリンク先(検索結果から)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gbi.12148/abstract
K. Sugitani, K. Mimura, M. Takeuchi, K. Lepot, S. Ito, and E. J. Javaux.
Early evolution of large micro-organisms with cytological complexity revealed by microanalyses of 3.4 Ga organic-walled microfossils.
Geobiology. (2015).
(First published on June 13, 2015; doi: 10.1111/gbi.12148)
- その他論文のリンク先1(検索結果から)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gbi.12148/abstract
Kenichiro Sugitani, Kathleen Grey, Abigail Allwood, Tsutomu Nagaoka, Koichi Mimura, Masayo Minami, Craig P. Marshall, Martin J. Van Kranendonk, and Malcolm R. Walter.
Diverse microstructures from Archaean chert from the Mount Goldsworthy–Mount Grant area, Pilbara Craton, Western Australia: Microfossils, dubiofossils, or pseudofossils?
Precambrian Research. 158: 228 (2007).
(First published on October 5, 2007; doi: 10.1016/j.precamres.2007.03.006)
- その他論文のリンク先2(検索結果から)
http://online.liebertpub.com/doi/abs/10.1089/ast.2010.0513
Kenichiro Sugitani, Kevin Lepot, Tsutomu Nagaoka, Koichi Mimura, Martin Van Kranendonk, Dorothy Z. Oehler, and Malcolm R. Walter.
Biogenicity of Morphologically Diverse Carbonaceous Microstructures from the ca.3400 Ma Strelley Pool Formation, in the Pilbara Craton, Western Australia.
Astrobiology. 10: 899 (2010).
(First published on December 1, 2010; doi: 10.1089/ast.2010.0513)
- その他論文のリンク先3(検索結果から)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0301926812002823
Kenichiro Sugitani, Koichi Mimura, Tsutomu Nagaoka, Kevin Lepot, and Makoto Takeuchi.