産・学・学の国際共同研究を開始 松田亮太郎教授 特別インタビュー

  • 2017/01/16
  • 工学研究科
  • 松田亮太郎教授

名古屋大学大学院工学研究科の松田亮太郎教授および京都大学 物質ー細胞統合システム拠点の北川進教授は、フランスのエア・リキード社が開催した研究提案コンテスト「エッセンシャル・モレキュール・チャレンジ(Essential Molecules Challenge)」において、「ガスの高密度貯蔵と安全供給のためのナノ空間材料の開発」を研究テーマに「First Air Liquide Awards on Essential Small Molecules 2016」を受賞しました。受賞者には最大1,500,000ユーロの研究費が提供され、これを機に、エア・リキード社、名古屋大学、京都大学で、産・学・学の国際共同研究を開始します。

「エッセンシャル・モレキュール・チャレンジ」は、産業ガスの供給会社としてシェア世界1位のエア・リキード社が、イノベーションの加速を目的に、科学技術研究を強化すべく立ち上げたコンテストです。第1回となる今回は、25 カ国の学術チーム、研究開発組織、起業家から130 件の応募があり、3つの部門で各1プロジェクトが選出されました。松田、北川両教授のプロジェクトは「ポケットに小分子(Small molecules in my pocket)」部門で最も高い評価を受け、今回の受賞に至りました。

参照: 英文プレスリリース および 和文プレスリリース

(聴き手:梅村綾子/NU Research)

Essential Molecules Challenge 授賞式にて(日仏イノベーションフォーラム内)
左から、Olivier Letessierさん(エア・リキード社)、松田亮太郎教授(名古屋大学)、北川進教授(京都大学)

誰も知らない「ナノ空間」の世界を化学の力で開拓し、社会実装に向け挑戦

NU Research:

この度は、エア・リキード社開催のコンテストにて受賞、誠におめでとうございます。
是非とも先生方の研究課題について、それを提案することとなった経緯、そしてこれから始まる産・学・学の国際共同研究への意気込みについてお聞かせください。
まず、松田研究室ではどのようなことを研究テーマにして取り組んでいるのか、背景とともに教えてください。

松田教授:

私の研究室では、無機・錯体化学を基盤に、新しい機能性ナノ空間材料の研究・開発を行っています。私たちが扱う材料の「ナノ空間」は大体1nm(ナノメートル)くらいの大きさのもので、ちょうど窒素や酸素などの分子が数個入る大きさのものです。

機能性ナノ空間材料のネットワーク構造
(画像:松田教授より説明資料として提供)

ナノ空間を自在にデザインする

松田教授:

固体中にこのような「ナノ空間」の「孔」がたくさんある物質『多孔性ナノ空間物質』は、実は身近に多く使われています。例えば、活性炭は代表的な『多孔性ナノ空間物質』で水や空気の浄化に利用されていることをご存知の方も多いと思います。また鉱物のゼオライトも古くから『多孔性ナノ空間物質』として研究がなされ、石油のクラッキング触媒やイオン交換による軟水化材として等、機能性材料として利用されています。

ここで、近年飛躍的に研究が進む、新しい『多孔性ナノ空間物質』を紹介します。私たちが研究対象とする金属有機構造体(MOF: Metal Organic Frameworks)、もしくは多孔性配位高分子(PCP: Porous Coordination Polymer)と呼ばれる物質です(右図:ナノ空間デザインの概略図<松田教授より説明資料として提供>)。

MOF/PCPは、金属と有機分子が配位結合で連結してネットワークを形成することでジャングルジムのような構造を作ります。その隙間こそがナノ空間です。このナノ空間は金属や有機分子を様々に変えることで、大きさや形状、性質を自在にデザインすることが可能です。また、MOF/PCPのナノ空間は、配位結合を基盤とする錯体化学を最大限に応用することで、全く新しい未知のガス分離・センサー・触媒機能等の開拓、展開が期待されています。

NU Research:

新しい機能性ナノ空間材料の、“未知の応用展開”とはどんなことでしょうか?

松田教授:

例えば、ガスの分離は、学術的に重要でありながら技術的に難しく、なかなか研究が進まなかったという背景があります。

私は10年あまり前、ナノ空間の内部表面の化学的な性質に注目して研究を行っていました。より化学的相互作用が強ければ、より強く分子を捕まえることができると考えていたからです。しかし研究を行う中で、金属ナノ空間は分子を完全に識別(認識)することが可能であるという、私たちの想像を超える結果に出会いました。

例えば、ナノ空間中の表面に酸素原子を配置した金属錯体ナノ空間材料は、C2H2(アセチレン)を認識し、これまで不可能であったCO2(二酸化炭素)との分離が可能であることを証明しました(R. Matsuda, et al. Nature, 2005, 436, 238 – 241)。

ナノ空間に酸素原子(赤)を配置させ、C2H2分子(緑)を捕捉可能にした
(画像:松田教授より説明資料として提供)

松田教授:

その後、配位結合のダイナミックな特性をこのナノ空間デザインに取り入れ、機能化することを考えました。簡単にいうと、閉じた空間の入口にスイッチを付け、特定の分子がスイッチを押して、空間を開いて中に入る仕組みを作り上げました。これにより、CO(一酸化炭素)とN2(窒素)のガス分離を可能にし、その成果をScience誌に報告しました(H. Sato, et al., Science, 2014, 343, 167 – 170)。

動的なナノ空間もデザイン可能
(画像:松田教授より説明資料として提供)

松田教授:

これらの研究成果をベースに、私たちの研究室では、ナノ空間の分子捕捉メカニズムを解明するオリジナルな計測システムを開発したり、分子の吸脱着や反応の際のエネルギーを利用可能なエネルギーに変換する物質を開発したり、と多方面から機能性ナノ空間材料の可能性に挑戦しています。

生活スタイルをガラリと変える「材料」の開発に挑戦

NU Research:

今回の共同研究はどんなことが目的となるのですか?

松田教授:

今回の共同研究のミッションは、ナノ空間の世界を化学的に開拓するだけでなく、その学術的知見をより身近な形で社会に還元する道筋を示すことです。そのために私たちは“pocketable (持ち運び可能)” をキーワードとして、コンパクトでユーザーフレンドリーな新しい気体の貯蔵・分離材料の開発を行い、医療、食品、エネルギー等の分野でのイノベーション創出にチャレンジします。(写真右および右下:日仏イノベーションフォーラム内、エア・リキード社のブース展示にて

NU Research:

現在、一般にガスはどのように運搬されているのでしょうか?

松田教授:

ガスの供給方法には、いくつかあります。研究室などでの少量利用なら主にシリンダー供給(写真提供:日本エア・リキード株式会社)があり、石油精製、化学、エネルギー、鉄鋼・非鉄など、ガスを大量に使用する工場ならパイプライン供給やオンサイト供給が利用されています。また、タンクローリーによる液化ガスを配送するバルク供給なども路上で見かけることがあるかと思います。

一般に、ガスを運搬・貯蔵するためには、容器に充填する際、高圧または極低温にする必要があります。これには大きなエネルギーが必要であり、また取り扱い方法を誤ると火災や爆発など重大事故を引き起こすこともあります。

これに対し、今回開発する材料は、できるだけ低圧・常温に近い条件で取扱いを可能にすることを目指します。必要なガスを簡便かつ身近に利用できるようになれば、大きなイノベーションが期待できるでしょう。例えば医療用に使用されるO2等のガスを家庭でより簡単に使用できるようになれば、身近な製品形態や生活スタイルが変わるかもしれません。

ナノ空間の世界は誰も知らない

NU Research:

今回のプロジェクトに対しては、どのようにアプローチされますか?

松田教授:

これまでの研究成果から、金属錯体ナノ空間材料の知見も色々集まってきており、ナノ空間の設計戦略やそれを実行するアイデアはいくつかあります。ただそれが実行できたとして、実際のナノ空間の世界がどんなものかは、私たちも含め誰も知りません。これまでに私たちが新しく創ってきたナノ空間で発見される新現象を見逃さず掘り起こしていくことが、ナノ空間の科学を開拓することであり、ナノ空間材料の合成には重要なことだと思っています。

今回の研究プロジェクトでも、沢山の新発見があることを期待していますし、その新発見を紡いでいき、今回の“Pocketable Small Molecules(持ち運び可能な小分子)”を可能にするナノ空間の世界を作り上げることに挑戦していきます。

NU Research:

最後に、松田教授が研究を行う上で重要であること、あるいは大切に思っていることをお聞かせください。

松田教授:

私が重要に思っていることは、主に次の三つです:

 第一に、ターゲットとする物質にどのようにアプローチするかというアイデア

 第二に、物質が示す新現象を見逃さない目や新現象を掘り起こす力

 そして第三に、その新現象をどのように表現するか。

アイデアを発想するには基礎学力や科学的知識が必要なのはいうまでもないですが、第二に関してはそれに加えて、物質が示す現象が科学的のみならず社会的にどのような重要性があるか認識する力が必要です。さらに、この認識する力は、人それぞれ個性があるので、科学的な現象の表現の仕方は個性があってしかるべきです。その表現の仕方が豊かであれば面白くもなるし、貧しければつまらなくもなります。

私たちが研究対象とするMOF/PCPは、原料となる金属と有機配位子の組み合わせは無限であり、合成できる物質も無限にあります。少しのアイデアがあれば、よくいえば、「なんでもできる」し、悪くいえば「なんかできる」。すなわち、物質群としての懐の深さがある研究対象です。そういう意味で、自分のアイデアを具体化した物質を合成するだけでなく、科学的・社会的に重要な新現象を掘り起こし、それを楽しく表現する事を研究する上で大切に思っています。

今研究活動の最中にいる学生さんらへのメッセージとするなら、学部生の間に学んで得た知識を総動員して、アイデアを発想し、世界にどこにもないオリジナルな物質や現象を見つける感動を体験するとともに、研究者として外の世界へ表現する事を学んでほしいと思います。

松田研究室の皆さん(画像は松田教授より提供)

NU Research:

松田教授は、2015年11月よりここ名大で松田研究室(構造機能化学グループ)をスタート、その勢いが十分に感じられます。
今後のご活躍、そしてこの度の共同研究のご研究成果を聞かせていただけること、楽しみにしています。

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