耳石の大きさと聴覚
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- 2013/07/10
名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻の小田洋一教授を中心とする研究グループは、サカナの同じ原理で働く2つの感覚器官が、聴覚と平衡感覚を感じわけるメカニズムを解明しました。この研究成果は7月2日付でNature姉妹誌「Scientific Reports」(電子オープンジャーナル)に掲載されました。
サカナは炭酸カルシウムでできた「耳石」と繊毛の動きを電気信号に変換する「有毛細胞」から構成される耳石器官と呼ばれる感覚器官で、聴覚と平衡感覚を得ています。発達初期の耳石器官は球形嚢と卵形嚢に分かれますが、どちらも耳石と有毛細胞がずれたときに有毛細胞の毛が倒れて信号を発生します。これまでそれぞれを切除したときの行動変化から、球形嚢が音による振動をとらえて聴覚を、卵形嚢は頭の傾きをとらえて平衡感覚を別々に感知することが示唆されていましたが、なぜ基本的に同じ構成をもつ感覚器官が異なる感覚の刺激を感じわけるのか、その仕組みは解明されていませんでした。
研究グループは熱帯魚ゼブラフィッシュを用い、このメカニズムの解明に迫りました。球形嚢の耳石が卵形嚢の2.5倍の大きさであることに着目し、耳石の大きさと音への応答との関係を調べました。その結果、人為的に卵形嚢の耳石を大きくすると、卵形嚢でも耳石と有毛細胞のずれが大きくなり、音に応答することがわかりました。このため、耳石の大きさがサカナの音の感知をもたらす要因であり、耳石の大きさを調整して聴覚と平衡感覚という異なる感覚を獲得していることが明らかになりました。今回の研究成果は、聴覚の獲得過程と耳石の形成機構の解明に大きな前進をもたらしました。耳石の形成・位置の異常は内耳疾患のめまいを起こす一番の原因であるため、ヒトの内耳疾患のメカニズムの解明にもつながることが期待されています。
小田洋一教授
ヒトの聴覚はサブナノメートル(原子1個の直径)の空気の振動にも応じる感度を持っています。そのわずかな振動を内耳の有毛細胞が感知するのですが、そのメカニズムの真髄はいまだに謎です。当然、振動を電気信号に変える分子も必要ですが、こんなわずかな振動をとらえる機械的な仕組みがきっと重要に違いないと考え、この研究は始まりました。対象としたゼブラフィッシュの仔魚の内耳はとても単純で、耳石と有毛細胞の慣性の差がわずかな振動をとらえる聴覚のキィなら、小さい石しかない平衡感覚の細胞に大きな石をのせてみたら音をキャッチできるかもしれないと、実験を始めました。当初は「そんなことでできるわけない」と思っていた人もいましたが、「やってみたらできてしまいました」。勿論、そんな微細操作ができたからなのですが・・・。
今後の展望
ゼブラフィッシュは我々脊椎動物のモデルとして最近注目を浴びています。特に胚や仔魚は体が透明で、哺乳動物では解析が困難な内耳に直接アプローチできること、豊富なゲノム情報や電気生理学的手法に加えてイメージングや光遺伝学などの新しい研究手法が使えることから、まだまだベールに包まれている聴覚のメカニズムの理解が進むだろうと期待しています。
これから研究をする人へ
謎を解くには王道はありません。広い視野で興味を持ち、複数の戦略を身に付けることが大切と思っています。そのためには物理も化学も数学もエンジニアリングも、アレルギーを持たずに「なんでもやってみよう」でしょう。