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ハイライト論文

「春よ来い」生物の巧みな生存戦略、仕組み解明へ

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  • 2015/01/14
  • WPI-ITbM
  • 生命農学研究科
  • 池上啓介博士
  • 吉村崇教授

本記事の冊子版は、こちらからどうぞ:
nuresearchj_004.pdf

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)と同大学院生命農学研究科の吉村崇教授と池上啓介博士(現 近畿大学医学部助教)らの研究グループは、シカゴ大学医学部のSamuel Refetoff教授らと共同で、一人二役を演じるホルモンが血液中で情報の混線を防ぐ仕組みを解明しました。
この成果は2014年10月30日発行の米科学誌セル・リポーツ電子版に掲載されました。→ 名古屋大学プレスリリース


クマは冬眠の日をいつと決めるのか? 渡り鳥は旅立ちをどう決めるのか? 益々進展する「春告げホルモン」の研究。 今、全容が明らかになる。

冬は、甘いものを沢山食べたり、眠くなったり、憂鬱になりやすくなる。「冬季うつ病」と名が付けられる病気もあるほどだ。それにしても、なぜ冬なのか?・・そんな身体の仕組みが分かれば、幾分不安も解消されることだろう。


私たちの知る動物たちもまた、「カレンダー」を使わずとも、冬眠や、渡り鳥の渡り、そして季節繁殖など四季の環境変化に適応している。日照時間の変化をカレンダーとして利用しているのだが、動物たちは一種の生存戦略として、身体のどこかで何かを制御しているにちがいない。


名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の吉村崇教授率いる研究グループは、そんな動物が「春を感じる」仕組みに迫る。


これまでに、研究グループは、動物たちが春を感じる原因として「春告げホルモン」という生理活性物質を発見してきた。そして今回、それが体内においてどう制御されているかの仕組み全容を明らかにした。


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身体の恒常性を維持するのに必要不可欠な器官である視床下部・下垂体。― 種々のホルモン分泌をコントロールする司令塔だ。

下垂体は、視床下部の下に位置する内分泌器官で、前葉、中葉、後葉、および隆起葉の4つに分かれる(図1)。が、隆起葉の役割が分かったのは実に最近の話である。



図1.視床下部・下垂体の模式図図1. 脳の断面(縦)模式図と、視床下部・下垂体の各部(図は、説明資料として吉村教授より提供)



「隆起葉の機能が、現象として分かるようになった。」

2008年、吉村教授ら研究グループは、隆起葉が「季節の情報を脳に伝える中枢である」ことを発表した(Nakao, et al. Nature (2008) 452:317-22, Ono, et al. PNAS (2008) 105: 18238-42)。

隆起葉は、春に甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌する器官。それが脳の視床下部に作用することで、私たちは「春を感じる」のである。このTSHを「春告げホルモン」と呼んでいる。


だが、一般に「TSH(甲状腺刺激ホルモン)」と言うと、下垂体前葉から分泌され、その名の通りに甲状腺を刺激して体温調整や代謝活動の制御に働くホルモンを思うかもしれない。吉村教授らの「春告げホルモン」は、そんな従来のTSHの機能に「春告げ」という全く新しい機能を加えることになり、今回のテーマへと続く。


「どちらのTSHも同じタンパク質なのに、全然違う働きをする。」

吉村教授および同研究グループの池上啓介博士(現 近畿大学医学部 助教)は、下垂体前葉および隆起葉から分泌される両TSHとも血液を通して全身を循環しているにも関わらず、情報の混線を起こさない、という仕組みに注目した。生物の巧みな生存戦略がそこにあるのだろうが、その仕組みが分かれば、更に価値ある新しい概念を生み出せるに違いない。


池上博士は、まずTSHが身体でどのように制御されているか、実験用マウスを使って調べた。


前葉のTSHは、教科書通りだった。視床下部から分泌されるTSH放出ホルモン(TRH)によって、TSHは甲状腺のTSH受容体に結合し、甲状腺ホルモン(T3:トリヨードサイロニン、T4:サイロキシン)の合成・分泌を促す。そこには、負のフィードバック制御が働いており、自身で発現を抑制することができる。


一方、隆起葉のTSHは、TRHの制御を受けない。代わりに、概日リズムを調節するホルモンであるメラトニンにより制御されていることが確認できた。


TSHの全く異なる働きを確認しつつ、どちらのTSHも同じタンパク質であり、TSHそのものの生理活性に違いは無いことも明らかとなった。


「なぜ混線しないのだろうか?」

池上博士は、血液中に分泌されているTSHを測定し、前葉と隆起葉の両TSHを確認した。「両TSHが血液中で混線を起こさない」ということは、つまり、「春告げホルモン」である隆起葉のTSHは血液中に分泌されると、生理活性を失い、結果、甲状腺を刺激できなくなることが疑える。池上博士はこの理由を検証するために、TSHの構造を調べることにした。


TSHのタンパク質の構造そのものには違いは無かったものの、前葉のTSHには、主に硫酸基が付加した二本鎖のN結合型糖鎖が結合しており、一方で、隆起葉のTSHにはシアル酸が付加した三本鎖あるいは四本鎖の糖鎖が結合していることが分かった(図2)。すなわち、TSHに結合している糖鎖構造(翻訳後修飾)が異なっている。



図2.TSHの糖鎖構造

図2. TSHに結合している糖鎖構造の簡略図(図は、説明資料として吉村教授より提供)



「この糖鎖構造は血液中でどうなっているのか?」

池上博士は、毎日何十報もの論文を読み、仮説を立てては問題に取り組んだ。「論文読んでも何も見つからない、この先何をすれば良いか分からない」と何度か折れそうにもなったと言う。だが、粘り強く挑む姿勢は、ついに光を見出した。「マクロTSH」にひらめきを得たのである。


池上博士は、吉村教授とディスカッションを進めながら、仮説とした内容が導けるようにオリジナルの実験方法を確立。TSHが身体でどのように制御されているかの仕組み全容を明らかにした(図3):



図3.TSHが二役を演じるしくみ図3.TSHが二役を演じるしくみ図は、説明資料として吉村教授より提供



ー 前葉のTSHも隆起葉のTSHも血液中に分泌される。その後、前葉のTSHは甲状腺を刺激するが、隆起葉のTSHはそれができない。なぜなら、隆起葉のTSHに結合している糖鎖は、血液中で免疫グロブリンやアルブミンにより認識されて、特異的にトラップされるからである。このトラップされたTSHは、「マクロTSH」と呼ばれる複合体を形成してしまうため、甲状腺を刺激できない。

このようにして、二つの役割をもつホルモンの混線を防いでいたのである。そこには、有限に存在するゲノム情報の、巧みな活用術を見るようだ。


ヒトの症例で、「マクロTSH血症」というものがある。異常に高い血中TSH濃度を示すものの、甲状腺ホルモンの血中濃度は正常を見せる、というものだ。これまで、その原因や仕組みは分かっていなかったが、今回の研究成果で理解が進むことが期待される。池上博士は、現在、近畿大学医学部へ助教として異動し、臨床の現場で検証を続けている。


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「動物が季節を感じる仕組みは何なのか?」

ヒトの症例にまで議論が及んだ、今回の研究成果。吉村教授と池上博士の仮説主導型+発見駆動型のアプローチによる展開ゆえに、その現象と仕組みの全容が明らかとなった。


「思った通りに行かないのが研究」

吉村教授の言葉に重みを感じる。仮説を立てて、それを修正する過程で、知識もそして新たな発見も増やせるチャンスが生まれ、そこに研究や学びの面白さがある。ただし、池上博士の様にコツコツと前向き取り組む姿勢は必要不可欠だ。


冬、活動的な気持ちにスイッチが入らないなら・・

― 「動物の状態にある」と考えれば、いくらか気持ちが楽になる。

(梅村綾子)


研究者紹介

吉村 崇(よしむら たかし)氏【名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授】

1993年名古屋大学農学部卒業、1995年同大学大学院農学研究科博士課程前期課程修了。1995年4月~1996年9月まで日本学術振興会特別研究員(DC1)として、名古屋大学農学研究科博士課程後期課程で研究に従事する(中途退学)。1996年10月より名古屋大学農学部にて助手、2005年名古屋大学大学院生命農学研究科助教授を経て、2008年同大学院同研究科教授。2008年~2011年同研究科附属鳥類バイオサイエンス研究センター長。2013年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授。同大学大学院生命農学研究科教授、自然科学研究機構基礎生物学研究所客員教授を併任。

2004年11月 日本時間生物学会学術奨励賞;
2005年11月 日本農学進歩賞;
2009年 3月  日本学術振興会賞;
2009年3月  日本畜産学会賞;
2010年3月  英国内分泌学会国際賞(Hoffenberg International Medal);
2010年12月 英国生物学会フェロー


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「昔の人の研究の上に成り立っているわけですから」と300年前の解剖学の本や100年前の顕微鏡コレクションを見せてくれた吉村氏。先人の研究への熱い思いを感じながら顕微鏡を覗く・・鳥肌が立つほどのロマンが感じられる。
現在、3つの研究室をリードしているという吉村氏。「ヒトの3倍働きたい」とその熱意は実にクールだ。勢いある研究室、今後の成果にも期待したい(梅)



池上 啓介(いけがみ けいすけ)氏【当時:名古屋大学大学院 生命農学研究科 博士課程学生、日本学術振興会特別研究員(DC1)

2008年名古屋大学農学部応用生物科学科卒業。2010年より日本学術振興会特別研究員(DC1)として名古屋大学大学院生命農学研究科博士後期課程で研究に努め、2013年3月名古屋大学より農学博士の学位取得。2013年4月より近畿大学医学部助教。


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小さいころから、ハサミや定規をもって「自分で考えて、自分で組み立てて」を抵抗なくやっていたという池上氏。絵を描いたり、料理をしたり、と趣味も多彩。加えて、仕事は「好奇心を満たす」趣味だと幸せそうに語る。
近畿大学に移り、新しい環境の中、色々学ぶことが多いという池上氏。ワクワクの声色に興奮が染った。これからのご活躍も応援したい(梅)


情報リンク集

Keisuke Ikegami, Xiao-Hui Liao, Yuta Hoshino, Hiroko Ono, Wataru Ota, Yuka Ito, Taeko Nishiwaki-Ohkawa, Chihiro Sato, Ken Kitajima, Masayuki Iigo, Yasufumi Shigeyoshi, Masanobu Yamada, Yoshiharu Murata, Samuel Refetoff & Takashi Yoshimura
Tissue-specific posttranslational modification allows functional targeting of thyrotropin.
Cell Reports 9: 801 (2014).
(First published on November 6, 2014; doi:10.1016/j.celrep.2014.10.006)

Nobuhiro Nakao, Hiroko Ono, Takashi Yamamura, Tsubasa Anraku, Tsuyoshi Takagi, Kumiko Higashi, Shinobu Yasuo, Yasuhiro Katou, Saburo Kageyama, Yumiko Uno, Takeya Kasukawa, Masayuki Iigo, Peter J. Sharp, Atsushi Iwasawa, Yutaka Suzuki, Sumio Sugano, Teruyuki Niimi, Makoto Mizutani, Takao Namikawa, Shizufumi Ebihara, Hiroki R. Ueda & Takashi Yoshimura

Thyrotrophin in the pars tuberalis triggers photoperiodic response.

Nature 452: 317(2008).

(First published on January 25, 2008; doi:10.1038/nature06738)

Hiroko Ono, Yuta Hoshino, Shinobu Yasuo, Miwa Watanabe, Yusuke Nakane, Atsushi Murai, Shizufumi Ebihara, Horst-Werner Korf & Takashi Yoshimura

Involvement of thyrotropin in photoperiodic signal transduction in mice.

PNAS. 105: 18238 (2008).

(First published on October 14, 2008; doi: 10.1073/pnas.0808952105)

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