美しい分子のリングに、装飾を

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  • 2015/03/31
  • WPI-ITbM
  • JST-ERATO伊丹プロジェクト
  • 理学研究科
  • 久保田夏実さん(大学院生)
  • 瀬川泰知特任准教授
  • 伊丹健一郎教授

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、JST戦略的創造研究推進事業ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト、名古屋大学大学院理学研究科の伊丹健一郎教授、瀬川泰知特任准教授、久保田夏実さん(大学院生)は、カーボンナノリングの1箇所のみを狙って修飾する方法を開発しました。これにより、カーボンナノチューブの様な分子へより効率良く変換させたり、新たな性質を付与したりすることができると考えられます。
本研究成果は、米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)オンライン版で2015年1月13日(日本時間)に公開されました。→ 名古屋大学プレスリリース

分子の無限の可能性に挑む若手研究者たち。 想定外の実験結果に、益々の面白さを見出だす。

「分子がなければ始まらない」
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の拠点長 伊丹健一郎教授は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトのプロジェクトリーダー、及び、名古屋大学大学院理学研究科には伊丹研究室を構え、沢山の学生を受け入れている。

分子とともに無限の可能性に挑戦する伊丹教授は、現在、総勢64名のメンバーとともに、ナノカーボン、触媒・反応、そして動植物科学の分野で、異分野融合型の合成化学を進める。ご縁のきっかけは、「それに関わっている分子は何なのか?」という観点でのおしゃべり。アカデミックキャリアをスタートさせた28歳の頃から少しずつ基盤を固め、名古屋大学に来てからは、特に多くのご縁とともに色んなことが出来るようになってきた、と話す。

伊丹教授の異分野融合の空気は、まさに研究室内に活気を吹き込み、様々な研究テーマを持つ学生ら同士のディスカッションも盛んにする。学生らは、学び合いの中で各自研究を進め、成果へとつなげているのだ。

その一人、名古屋大学大学院理学研究科 博士前期課程2年の久保田夏実さんは、ベンゼン環をパラ位で環状につなげたシクロパラフェニレン(CPP)の、1箇所だけを修飾することに成功した。CPPを原料とした新たな分子ナノカーボンの構築が可能となり、世界が注目する研究グループが、合成化学をまた一つリードした。

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原料は「炭素(カーボン)のみ」というカーボンナノチューブ。電気を良く通す、熱を良く伝える、ということから、電池材料や、レアメタルの代替に使われたり、半導体に応用されたり、更なる利用価値拡大も期待されている。

「そんなカーボンナノチューブの「種」にもなるし、こんな分子があったら面白い。」

名古屋大学大学院理学研究科、およびJST戦略的創造研究推進事業ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトでグループリーダーを務める瀬川泰知特任准教授は、カーボンナノチューブの側面構造をもつ最短有機分子、シクロパラフェニレン(CPP)の新たな展開に期待する(図1)。


図 1. カーボンナノチューブとカーボンナノチューブの側面構造をもつ最短有機分子であるシクロパラフェニレン(CPP)(図は、説明資料として瀬川特任准教授より提供)


CPP合成は、2008年頃から勢いをつけだし、これまで、ベンゼン環が5~18個連なったリング構造が作られてきた。(Jasti et al. J. Am .Chem. Soc. (2008) 130: 17646-7; Takaba et al. Angew. Chem. Int. Ed. (2009) 48: 6112-6

瀬川特任准教授らは、実際、これらを種に使って、直径も調節可能なカーボンナノチューブを作成することに成功した(図2)。(Omachi et al. Nature Chemistry (2013) 5: 572-6


図2. 様々な大きさのCPPでカーボンナノチューブの直径を調節可能 (図: Omachi et al. Nature Chemistry (2013) 5: 572-6. Copyright © 2013, Rights Managed by Nature Publishing Group)


「次はCPPが2つつながったものが欲しい。」

必要に迫られて、と瀬川特任准教授は話す。CPPのリングは常に歪みが掛かっており、つまり分子にとっては好ましくない状態にある。熱がかかったり、電子が来たり、光が当たったり、という因子によって、ベンゼン環をつないでいる結合は切れてしまう。結合一つ切れたら、直鎖状になってしまうため、リングの強度を増したユニットを作りたい、と世界中の研究者が競い合っているのだ。

2つのCPPを繋げようと、CPPに官能基を付けることを試みるものの、一般的な芳香族求電子置換反応を行うと、1置換体~多置換体が全て混ざった状態で生成されるので、それらを単離することは困難だった。そこで、研究グループは、導入したい官能基をもつ原料物質から官能基化CPPを合成。しかし、官能基を付け替えるにもCPP作成段階の一からやり直し、と非常に効率が低いことから、CPPを直接官能基化することが求められていた(図3)。


図3. CPPを直接官能基化することを目標とした。図は、説明資料として瀬川特任准教授より提供)


当時、名古屋大学理学部4年生だった久保田夏実さんは、瀬川特任准教授の提案を元に、官能基化CPPを作ることに取り掛かった。

久保田さんは、まずは、ベンゼン環9つからなる[9]CPPを作ることから学んだ。試験管で一度に少量しか作れないため、無駄にできない。研究室メンバーから「工場長」とあだ名がつくほど、実験および研究そのものに責任を持って挑んだ。


緑色に輝く[9]CPPと久保田さん@研究室


[9]CPPも自作できるようになり、次に、瀬川特任准教授と久保田さんは、ベンゼンなどの単純な芳香族化合物がクロムと錯体形成することに着目し、同様の方法を[9]CPPに応用した。[9]CPPは、9つのベンゼン環がパラ位でつながっており、36か所全ての炭素水素結合部位で同じ反応性を持っている。つまり、9つのベンゼン全てがクロムと錯体形成することが当初の予想だった。

「マスが取れたときは、感動した。」

驚いたことに、久保田さんが得たものは、質量分析(マススペクトル、通称:マス)から1箇所のみが錯体形成したものだと分かった(図4)。分子構造のシミュレーション結果から、CPPクロム錯体においてクロムはCPP全体の反応性を押し下げており、2つ目のクロム原子との反応を阻害することが分かり、これにより、CPPの1置換体の合成に取り掛かった。


図4. 1箇所のみが錯体形成されたCPPクロム錯体が得られた。図は、説明資料として瀬川特任准教授より提供)


教員からのサポートの他、いろんなテーマで研究を進めている学生らとのディスカッションを通し、久保田さんは、ワンポット合成、塩基を加える際の操作方法、求電子剤の反応性、など、知識やスキルを学び合いながら、パラメータを探り出した。1年以上かけて、今回の全くオリジナルな合成方法(図5)を見出したのである。


図5. CPPの1置換体の合成方法。ワンポットで可能。図は、説明資料として瀬川特任准教授より提供)


「誰も作ったことのないものが作れた、それを手にしているなんて。」

CPPのクロム錯体に塩基、求電子剤を加え、最後にCPPからクロムを外すことによって、ケイ素、ホウ素、エステルといった非常に利用しやすい置換基をもつCPPを合成することができた。久保田さんは、論文を書き上げる最後の最後まで、修飾CPPの収率アップに向けて実験を続けた。

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「想定しないことが起こるから、研究は面白い。」

研究の面白いポイントは、狙い通りにいくことと、そうでないことの両方にある、と瀬川特任准教授は話す。狙い通りにいかない方が、逆に思いつきもしなかった可能性が広がるから、益々面白いという。

これも、研究室の「工場長」として、粘り強く励んだ久保田さんの努力の賜物。2014年末、伊丹教授は、そんな久保田さんに「ネバーギブアップ賞」を贈った。

若手の勢いはとにかく凄まじい。

―世界をリードする研究室が魅力的な理由が垣間見えた。

(梅村綾子)

研究者紹介

伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう)氏名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授

1994年京都大学工学部合成化学科を卒業後、1998年同大学院工学研究科合成・生物化学専攻博士課程を修了し、京都大学より工学博士の学位取得。1998年同大学院同研究科助手、2005年名古屋大学物質科学国際研究センター助教授を務め、同年、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業で、さきがけ研究員となり「構造制御と機能」領域で活躍する。2007年名古屋大学物質科学国際研究センター准教授、2008年より名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系 教授、2013年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長および科学技術推進機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO伊丹ナノカーボンプロジェクト研究総括となり、現在に至る。

2012年 Fellow of the Royal Society of Chemistry, UK;
2013年 Novartis Chemistry Lectureship Award;
2013年 Mukaiyama award;
2014年 The JSPS Prize;
2015年 アメリカ化学会賞;その他多数。


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世界の研究者が注目する日本の若手研究者、伊丹氏。わずか40歳にして、WPIの拠点長そしてERATOプロジェクトの研究総括を務め、多くの若手研究者の活躍をサポートする。
伊丹氏の取材には、合成化学リーダーの考え方に学ぶことが多い他、コミュニケーションの上手さも大変勉強になった。どこを取っても素晴らしい、に尽きる研究者。今後のご活躍に益々期待したい(梅)



瀬川 泰知(せがわ やすとも)氏【JST ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト グループリーダー・特任准教授】

2005年東京大学工学部化学生命工学科卒業後、同大学院工学系研究科化学生命工学専攻博士課程中、カリフォルニア工科大学留学を経て、2009年東京大学より工学博士の学位取得。2009年より名古屋大学物質科学国際研究センター助教を務め、その間に短期派遣プログラムでトロント大学にも滞在した。2013年より、科学技術推進機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO伊丹ナノカーボンプロジェクト 化学合成グループ グループリーダー、及び名古屋大学大学院理学研究科 特任准教授となり、現在に至る。

2013年 第7回わかしゃち奨励賞 最優秀賞;
2013年 英国王立化学会 PCCP Prize (Physical Chemistry, Chemical Physics Prize);
2013年 日本化学会第93春季年会 若い世代の特別講演証;
2013年 第2回新化学技術研究奨励賞;
2014年 赤﨑賞;その他多数。

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若手の活躍を指導する立場にもある、若手研究者の瀬川氏。取材中、瀬川氏の研究に取り組む姿勢が伺い知れて、「さすが」と思うままに刺激を頂いた。
実験は思い通りにいかないことが多い。だが、だから思いつきもしなかった可能性があるのだ、ということ。チャンスを逃さずにすくい上げて、研究成果へとつなげる瀬川氏のこれからのご活躍も期待したい。(梅)



久保田 夏実(くぼた なつみ)氏当時:名古屋大学大学院 理学研究科 修士課程学生

名古屋大学理学部化学科在籍中、2012年にメモリアル大学(カナダ)留学を経て、2013年に名古屋大学理学部化学科卒業。同年、同大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士前期課程に入学。2015年同大学同研究科修了(理学修士)。

2012年 International Student Research Experience Program in Chemistry (ISREP-Chem) Award

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「小・中・高と勉強は頑張る方だった」と話す久保田氏。伊丹教授をも「負けた」と言わせる程の粘り強さは、幼いころから培ってきた素質だと、つくづく素晴らしいと思った。
加えて、先輩や同期とのディスカッションを通して学び合ったという経験は、今後のご活躍に必ず良い影響を与えることになるのだろう。研究室からの巣立ち、感動のままに、これからも応援しています(梅)

情報リンク集

Natsumi Kubota,Yasutomo Segawa, and Kenichiro Itami.

η6 ‑Cycloparaphenylene Transition Metal Complexes: Synthesis, Structure, Photophysical Properties, and Application to the Selective Monofunctionalization of Cycloparaphenylenes.

J. Am. Chem. Soc. 137: 1356 (2015).
(First published on January 12, 2015; doi: 10.1021/ja512271p)

Ramesh Jasti, Joydeep Bhattacharjee, Jeffrey B. Neaton,and Carolyn R. Bertozzi.

Synthesis, Characterization, and Theory of [9]-, [12]-, and [18]Cycloparaphenylene: Carbon Nanohoop Structures.

J. Am. Chem. Soc. 130: 17646 (2008).
(First published on December 4, 2008; doi: 10.1021/ja807126u)

Hiroko Takaba, Haruka Omachi, Yosuke Yamamoto, Jean Bouffard, and Kenichiro Itami.

Selective Synthesis of [12]Cycloparaphenylene.

Angew. Chem. Int. Ed. 48: 6112 (2009).
(First published on July 8, 2009; doi: 10.1002/anie.200902617)

  • その他論文のリンク先(検索結果から)

    http://www.nature.com/nchem/journal/v5/n7/full/nchem.1655.html

    Haruka Omachi, Takuya Nakayama, Eri Takahashi, Yasutomo Segawa, and Kenichiro Itami.

    Initiation of carbon nanotube growth by well-definedcarbon nanorings.

    Nature Chemistry 5: 572 (2013).
    (First published on May 26, 2013; doi:10.1038/nchem.1655)

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