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ハイライト論文

化学と生物学の境界領域で、 体内時計のリズムを変える新分子発見

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  • 2015/07/08
  • WPI-ITbM
  • 理学研究科
  • 生命農学研究科
  • 大島豪さん(大学院生)
  • 山中衣織博士研究員
  • 山口潤一郎准教授
  • 大川(西脇)妙子准教授
  • 吉村崇教授
  • 伊丹健一郎教授

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹健一郎教授、吉村崇教授、スティーブ・ケイ教授、ステファン・イレ教授らの研究チームは、分子触媒を用いた最先端合成化学の手法を用いて、ほ乳類の体内時計(概日時計)のリズムを変える新しい分子を発見することに成功しました。本研究成果は、ITbMが誇る世界最先端の合成化学、動物生理学、計算化学の異分野融合研究によって初めて可能になったものです。この成果は将来、体内時計によって支配されている様々な疾患の克服や食糧の増産に貢献することが期待されます。
本研究成果は、ドイツ化学誌「アンゲバンテ・ヘミー」のオンライン版に2015年5月8日に公開されました。→リンク:全学プレスリリース

若手研究者らが自由闊達に学び創りだせる環境、Mix Lab。扉を取り払えば、異分野同士でも躊躇なく研究が進められる。互いに強みを出し合いながら、ITbMのトランスフォーマティブ生命分子、第1号が誕生した。

「そこの分子、何してんの?」

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の拠点長 伊丹健一郎教授は、カジュアルな話しかけで異分野の壁を乗り越える。一般的に"分野が異なると言葉が通じない"と言われるが、伊丹教授の場合は、それこそがチャンス。異分野コミュニケーションから生まれる思いも寄らない気付き合いから、新たな研究課題を見出す。


特に名古屋大学に来てからは、多くのご縁とともに色んなことが出来るようになってきた、と話す伊丹教授は、名古屋大学の強みでもある「生物時計」の研究を知り、興味に加えて、—生物時計はあくまで生物学なのか—とそこに化学の要素が入っていないことに着目した。


そして伊丹教授は、化学の領域で生物時計に関するユニークなことがしたい、と思うままに、動物生殖に関連する生物時計の専門家、吉村崇教授と話し合う。両者は、化学と生物学の境界領域に立つことで、生命科学・技術を根底から変えることを目的とした革新的機能分子「トランスフォーマティブ生命分子」を作ることに同意。扉を取り払った環境で、異分野融合研究を始めるべく、2012年にITbMの開所を迎えたのである。


今回の「ほ乳類の概日リズムの周期を変える新しい分子」の発見は、ITbM開所以来、異分野融合型の研究としては初めての、記念すべき第1号となった。ITbMが誇るMix Lab—異分野の若手研究者らが、肩を並べて実験したり、相談したり、ができる環境―なら、若手研究者らの研究に対する意気込みもすこぶる高い。好循環のままに生まれるユニークな研究成果で、明るい未来へ突き進む。


*******


概日リズムとは、動物、植物、菌類、藻類などのほとんどの生物に存在している一日の周期を感じる生理現象のことである。

生物時計の仕組みにおいては、原核単細胞生物であるシアノバクテリアはかなり解明が進んでいる(参照:名古屋大学 理学研究科 近藤研)。一方で、動物のさまざまな組織を形成している動物細胞は、原核細胞とは異なり核膜を備えた細胞核を有した真核細胞である。この複雑さのため、ほ乳類の生物時計の仕組みは、シアノバクテリアほど分かっていない、というのが現状だ。


「動物の概日時計を早回しする分子ができれば、」

動物の季節繁殖を専門とする吉村教授は、例えば、家畜、家禽(家畜用鳥)の生産性を上げることへの興味を示す。冬の様に日が短いと、多くの動物は精巣が大きくならず、繁殖できない。ならば、概日時計を早回しすれば、つまり、日の短さに合わせて概日リズムを短くすれば、日が短くても精巣が大きくなって繁殖できるのでは、と考える。


ほ乳類の場合、概日リズムは、4つの時計遺伝子(ClockBmal1PerCry)とその転写翻訳産物である時計タンパク質(CLOCK、BMAL1、PER、CRY:時計遺伝子のそれぞれに相当)により生み出される。図1の様に、時計タンパク質による「活性化」と「抑制」が行われるフィードバックループが1日に約1周するためだ。

つまり、概日時計の時計タンパク質を制御するよう作用する分子が開発できれば、吉村教授が望むように、概日時計を制御できるようになるのだろう。



図1.時計タンパク質による「活性化」と「抑制」が行われるフィードバックループ(図は、説明資料として伊丹教授より提供)



そのような分子はこれまでほとんど知られていなかった、が、同じくITbMに研究室を構えるスティーブ・ケイ教授と廣田毅特任准教授らは、2012年に、時計タンパク質CRYに直接作用して、概日リズムの周期を長くする分子KL001(図2)を発見した。(Hirota, et al. Science (2012) 337: 1094-7



図2. KL001分子



「得意な分子!」

伊丹教授は、KL001の分子構造を見るなり、胸を躍らせた。


2012年当時、KL001の分子構造のどの部分が概日リズムに影響を及ぼすのか、また新たな活性分子の可能性などについてはそれほど分かっていなかった。

研究グループは、まずKL001の構造活性相関を明らかにすることに着手し、その上で、概日リズムの周期をより長くしたり、短くしたりする新分子発見への旅が始まっていったのである。


Copyright : Haruko Hirukawa, ITbM, Nagoya University


「何かデカイことがしたい。」

名古屋大学大学院理学研究科の大島豪さん(修士課程2年)は、未知の領域に挑みたい、とITbM志望で入所してきた1期生。研究室内、向上心の塊とも言えるメンバーたちに刺激される空間が励みとなり、挑戦することに抵抗はない、とやる気を見せる。


大島さんは、研究室配属後、伊丹グループの山口潤一郎准教授および武藤慶さん(博士課程3年)と相談しながら、まずは、市販の化合物から3段階でKL001のコア骨格を合成することに取り組んだ。収率を上げるために、最適なパラメータ探しに勤しむことから始め、次第に合成に慣れ親しんでいった。


収率高くKL001分子を得て、その後パラジウム触媒を使ったC–Hカップリングを試みた。一つずつ官能基を変えながらチャレンジした合成は、優に200を超え、50種類以上のKL001誘導体の合成に成功した(図3)。



図3. 左:大島さん@研究室。右:概日リズムを変える新たな分子を生み出した合成方法(図は、説明資料として伊丹教授より提供)



これらのKL001誘導体が、どう概日リズムに影響(活性)を及ぼすのか?

化学を専門とする大島さんと生物学を専門とする吉村グループの山中衣織博士研究員は、肩を並べて相談し、そして研究を進めた。


つまり、大島さんが合成したKL001誘導体は、山中博士の手に渡り、ヒト培養細胞を用いた生物活性試験によって、生物学的にKL001誘導体のどの部分が活性に重要かを検証した。


細胞には、概日リズムを刻むBmal1遺伝子と発光酵素であるルシフェラーゼが連結して導入されている。観測される発光リズムは、Bmal1の転写リズムに相当するので、ここにKL001誘導体を入れたものと入れていないものを比較することで、概日時計がどう変化するか確認することが出来るのだ(図4)。



図4. 左:概日リズムを長くするKL001誘導体〔KL001誘導体(1)〕。右:概日リズムを短くするKL001誘導体〔KL001誘導体(2)~(4)〕。(図は、説明資料として山中博士および大島さんより提供)



「このKL001誘導体では概日リズムが短くなった。」山中博士が、大島さんに伝える。

「では、このKL001誘導体ではどうか?」大島さんは、山中博士に新KL001誘導体を提示する。

このような、大島さんと山中博士のキャッチボールにより、KL001誘導体のどの部分構造が活性に重要かが分かっていった。


それは、3部位に分かれる(図5):

  1. カルバゾール部位(図の青色の部分)は、リズム変調活性に必須。
  2. アミノアルコール部位(図の黒色の部分)は、他のものに置き換えることが可能。
  3. フラン環・チオフェン環部位(図の緑色の部分)は、C–Hカップリングにより置換基を導入する(図の赤色の部分)ことで、リズム変調の長短を調整することが可能。


図5. 明らかになった構造活性相関(図は、説明資料として伊丹教授より提供)



「最初のきっかけとして、大きな前進を果たせた。」

研究グループは、KL001誘導体の構造活性相関をヒントにし、体内時計のリズムを変える新分子発見の切り口を掴んだ。応用例に目を向けるなら、例えば、不眠などの体内時計に関連する疾患の仕組みを解明し、それをコントロールする第一歩が明らかになったと言えよう。


*******


メンターたちは、今回の若手研究者らの活躍に喜びを見せる。


「山中さんの丁寧な実験で、精度良く結果を出すことが出来た。」

吉村グループの大川(西脇)妙子准教授は、山中博士の“腕”を高く評価する。細胞を良い状態のまま、再現性よく扱わなければ、その実験は無意味となってしまう。優秀な生物学者は皆、細胞たちの“顔”が分かるのだ、と話す。


「努力家の大島さんだから、短期間で研究成果へとつなげることが出来た。」

伊丹グループの山口准教授は、大島さんの研究に臨む姿勢に感心する。与えられた課題をこなすだけでなく、自ら課題を見出し、課題解決に向かって突き進める。研究環境を整えることももちろん自発的だ。


加えて、

扉を開ける必要がない。二人は“すぐそこで”頻繁にディスカッションを持つことができた。

―今も、Mix Labでは、続々と新分子が生まれ続けている。

(梅村綾子)


研究者紹介

左から、伊丹教授、山口准教授、Kumar博士、吉村教授、大島さん、Irle教授、山中博士、大川(西脇)准教授

伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう)氏【名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM 教授】

1994年京都大学工学部合成化学科を卒業後、1998年同大学院工学研究科合成・生物化学専攻博士課程を修了し、京都大学より工学博士の学位取得。1998年同大学院同研究科助手、2005年名古屋大学物質科学国際研究センター助教授を務め、同年、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業で、さきがけ研究員となり「構造制御と機能」領域で活躍する。2007年名古屋大学物質科学国際研究センター准教授、2008年より名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系 教授、2013年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長および科学技術推進機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO伊丹ナノカーボンプロジェクト研究総括となり、現在に至る。

受賞歴:

2012年 Fellow of the Royal Society of Chemistry, UK;
2013年 Mukaiyama award;
2013年 Novartis Chemistry Lectureship Award;
2014年 The JSPS Prize;
2015年 アメリカ化学会賞; その他多数。


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”楽しい”雑談の中で真剣な議論が交わせる、ビッグボスの伊丹氏。カリスマが歩けば、そこには必ずファンが生まれる―事実、地域の高校生から「ITbMで研究がしたい」との声が届いている。
「名古屋ボロ勝ち!」の合言葉とともに、若手の勢いが集結。伊丹グループの今後のご活躍に益々期待したい。(梅)



吉村 崇(よしむら たかし)氏【名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)教授】

1993年名古屋大学農学部卒業、1995年同大学大学院農学研究科博士課程前期課程修了。1995年4月~1996年9月まで日本学術振興会特別研究員(DC1)として、名古屋大学農学研究科博士課程後期課程で研究に従事する(中途退学)。1996年10月より名古屋大学農学部にて助手、2005年名古屋大学大学院生命農学研究科助教授を経て、2008年同大学院同研究科教授。2008年~2011年同研究科附属鳥類バイオサイエンス研究センター長。2013年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授。同大学大学院生命農学研究科教授、自然科学研究機構基礎生物学研究所客員教授を併任。

受賞歴:

200411月 日本時間生物学会学術奨励賞;
200511月 日本農学進歩賞;
2009
3月  日本学術振興会賞;
2009
3月  日本畜産学会賞;
2010
3月  英国内分泌学会国際賞(Hoffenberg International Medal);
2010
12月 英国生物学会フェロー


***

研究スタイルにも文化なるものがある。しかし、「ITbMなら、的外れかな、という心配はいらない」吉村氏は話す。その分野のトップの研究者たちに容易に話しかけ聞くことができるのだ。
新しい人たちによる、新しい考え方が生まれていくことを期待する吉村氏。ユニークな視点で益々若手に良い影響を与えていくことだろう(梅)



山口 潤一郎(やまぐち じゅんいちろう)氏【名古屋大学 理学研究科 准教授】

2002年東京理科大学工学部工業化学科を卒業。2004年日本学術振興会 特別研究員(DC1)となり、2005年スクリプス研究所化学科での留学を経て、2007年東京理科大学大学院工学研究科工業化学専攻博士課程を修了した。2007年日本学術振興会 海外特別研究員(PD)として、スクリプス研究所化学科博士研究員、2008年名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系助教を経て、2012年より現職。2012年8月~9月ドイツミュンスター大学客員准教授、2013年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所で連携研究者となり、今に至る。

受賞歴:

2013年 ITbM Research Award;
2013年 Banyu Chemist Award (BCA) 2013;
2014年 Thieme Chemistry Journal Award;
2014年 Asian Core Lectureship Award, China;
2014年 Asian Core Lectureship Award, Thailand; その他多数。


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研究者として、メンターとして、そしてケムステ代表としてご活躍中の山口氏。色々な顔を持つにも、一貫して「前人未到」の挑戦魂。ユニークさを引き立てている。
ITbMから今にも色んな研究成果がバンバン出てくる、と明かして頂いた。また取材でお話聞かせて頂けることを楽しみにしています(梅)



大川(西脇) 妙子(おおかわ(にしわき) たえこ)氏【名古屋大学 生命農学研究科 准教授】

総合研究大学院大学で博士(理学)の学位取得後、名古屋大学 理学研究科 生命理学専攻にて研究員、特任講師としてシアノバクテリア概日時計発振機構の研究に従事。2013年名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所特任准教授を経て、2015 年より現職。

受賞歴:

2013年 ITbM Research Award


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学生の時に参加した概日時計のシンポジウムで、生態学から物理学までの融合分野を思い、興味に思った大川氏。学問分野縦断的に考えられる面白さに惹きこまれ、研究者として活躍するに至ったのだそうだ。
これまでのシアノバクテリアを用いたご研究活動を切り口にして、ITbMでは、化学も融合しながら、ほ乳類の体内時計の仕組みに迫る。今後益々の研究成果に期待したい(梅)



山中 衣織(やまなか いおり)氏【名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM 博士研究員】

名古屋大学理学部生命理学科卒業後、同大学大学院理学研究科博士課程前期終了。日本学術振興会 特別研究員(DC1)として同大学院理学研究科生命理学専攻にて博士(理学)取得後、2013年より現職。


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「多ければイイってものではない。」山中氏は効率よく研究を進めるにあたり、培ってきた実験のノウハウを駆使する。知識に手先の器用さが加わって、準備万端、そして新しい発見に至ることができた。
対象とする生物材料のコンディションに気を配るからこそ、見えてくる生物学の世界。山中氏の話は、私をそんな興味深い空間へ導いてくれた。今後のご活躍にも益々期待したい(梅)



大島 豪(おおしま つよし)氏【名古屋大学大学院 理学研究科 修士課程学生】

2014年、名古屋大学理学部化学科卒業後、同大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士前期課程に入学。現在、修士課程2年生。

受賞歴:

2015年 日本ケミカルバイオロジー学会 第10回年会 ポスター賞


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「できる」仲間が集まる研究室だから、更に頑張れる、という大島氏。終始、笑顔かつマイルドな人当りの奥には、自立した真の強さを秘めていた。
まだ修士2年でこの活躍ぶり。今後の研究成果を楽しみに思うばかりだ(梅)



情報リンク集

Tsuyoshi Oshima,Iori Yamanaka, Anupriya Kumar, Junichiro Yamaguchi, Taeko Nishiwaki-Ohkawa, Kei Muto, Rika Kawamura, Tsuyoshi Hirota, Kazuhiro Yagita, Stephan Irle, Steve A. Kay, Takashi Yoshimura, and Kenichiro Itami.

C—H Activation Generates Period-Shortening Molecules That Target Cryptochrome in the Mammalian Circadian Clock.

Angew. Chem. Int. Ed. 54: 7193 (2015).
(First published on May 8, 2015; doi: 10.1002/anie.201502942)

Tsuyoshi Hirota, Jae Wook Lee, Peter C. St. John, Mariko Sawa, Keiko Iwaisako, Takako Noguchi, Pagkapol Y. Pongsawakul, Tim Sonntag, David K. Welsh, David A. Brenner, Francis J. Doyle III, Peter G. Schultz, Steve A. Kay.

Identification of Small Molecule Activators of Cryptochrome.

Science. 337: 1094 (2012).
(First published on August 31, 2012; doi: 10.1126/science.1223710)

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