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ハイライト論文

「分離スピードを上げれば上げるほど、分離度が良くなる」―ナノテクで実現

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  • 2015/07/10
  • 工学研究科
  • 安井隆雄助教
  • 加地範匡准教授
  • 馬場嘉信教授

名古屋大学大学院工学研究科の馬場嘉信教授、加地範匡准教授および安井隆雄助教は、従来の分離概念を覆す、新しい分離技術を開発しました。
現在用いられている全ての分離技術は、化学的・物理的な性質や相互作用を利用して物質を分離させる手法のため、分離のスピードを上げると分離度(分離の綺麗さ)が悪くなり、反対に分離度を良くすると分離のスピードが下がってしまいます。この「分離スピードの綱引きの様な状態」を打破すべく、本研究では、直径500 nmのナノピラー構造体を物質が進む向きに対して回廊のように配置する技術を構築しました。このナノピラーを用いた分離では、分離スピードを上げれば上げるほど、分離度も良くなります。
今回の研究成果は、2015年4月16日発行の『Nano Letters』誌に掲載されました。→リンク:全学プレスリリース

ゲノム解析の高速化に向け、研究者らが築きあげるナノテク技術開発の歴史―誰も知らない技術は“イメージ図”から始まり、誰も知らない“面白い現象”を見せる。

ヒトゲノムの解読完了宣言を迎えた2003年当時のこと—

「そんなに速くしてどうする?」

ゲノム解析は秒単位でできるなら充分。ミリ秒単位など必要ない。

―10年前は、医療現場からそんな声が届いていた。


2001年、一人のヒトゲノム解読に10億ドルも掛かっていたことが引き金となって、研究者らの目標は「価格を下げること」だった。世界中で競い合い、おかげで、今では1,000ドルで読める程にもなった。


その後、新たな目標に向かって世界が動き出したのは、ほんの数年前。「1時間で読む」という、ゲノム解析の高速化だ。


工学研究科の馬場嘉信教授率いる研究グループは、2001年頃には、既に世界の動きを先読みするかの様に、ゲノム解析の高速化に向けて研究に取り組んできた。研究結果としては早いうちに出ていたのだが、ここでようやく、世の中に認められる、という日を迎えたのである。


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「“ナノピラー”というナノデバイスの現物など、当時世の中には無く、馬場先生のイメージ図から始まったんです。」

2001年、当時学生だった加地範匡准教授は、馬場教授の勢いは研究者らの意表をついて驚かせるほどの迫力があった、と話す。

ナノピラーとは、大きさを揃えたナノサイズの柱を並べた構造を持つ装置(ナノデバイス)(図1)。半導体の技術を使って、DNAがそこを泳ぐようにして流してやれば、高速で、異なる大きさのDNAを分離することができ、必ず世界は変わってくるだろう、と馬場教授は提言したのだ。



図1.ナノピラーのイメージ図。(図は、Kaji et al., Anal. Chem. (2004) 76: 15-22. Copyright (2004) American Chemical Society)



この時、馬場教授と加地准教授(当時、修士課程の学生)は、徳島大学薬学部に所属。ナノピラー作製において、技術面におけるパートナーを探していたところ、物質材料研究機構の堀池靖浩名誉フェロー(当時、東京大学教授)の協力を得ることができ、共同研究が始まったのである。


しかし、ナノピラーは、実に作製が難しいデバイスだった。

何人もの学生らが挑戦し、ついに加地准教授(当時、博士課程の学生)の手に届いたのは、3年後。しかし、たったの2つ。極めつけて、実際に使えたのは1つのみだったのである。


加地准教授(当時、博士課程の学生)は、その世界にたった一つしかないデバイス(図2)を大事に大事に取り扱い、実験しては洗う、を繰り返して研究を続けた。



図2.ナノピラー構造体のSEM画像。スケールバーは、500 nmを示す。(図は、Kaji et al., Anal. Chem. (2004) 76: 15-22. Copyright (2004) American Chemical Society)



そしてついに、6種類の異なる大きさのDNAをわずか680秒で分離することに成功し、馬場教授の思惑通り、当時、世界最速の分離技術として確立させたのである。(Kaji, et. al., Anal. Chem. (2004) 76: 15-22


「しかし、これからの発展のためには、作る人と使う人が同じである必要がある。」

加地准教授は、当時学生だった安井隆雄助教を連れて、物質材料研究機構の堀池名誉フェローの研究室を訪ねた。数週間の滞在を何度も重ねながら、ナノピラーの作り方を教えてもらった。自分で作ることは元より、色々なバリエーションを作れるようにと技術を磨いていったのである。


ナノピラーを自作できるようになり、安井助教(当時、修士課程の学生)は分離原理の研究を進めた。加地准教授の使用していたナノピラーはジグザグ構造をしており、そこの合間をぬってDNAは流れていく。これが真っ直ぐに配列する場合、どうなるかを比較した。


結果は、ジグザグ構造だと、大きいDNAは引っかかる為小さいDNAから流れてくる(動画1)が、真っ直ぐに配列させると大きなDNAから流れてくる(動画2)。そして、興味深いことに、分離スピードを上げれば上げる程、分離度は上がったのだ。



動画1.ジグザグ構造に配列したナノピラーの間を流れる大・小のDNA(動画は、説明資料として馬場教授より提供)




動画2.真っ直ぐに配列したナノピラーの間を流れる大・小のDNA(動図は、Yasui, et al. Nano Lett. (2015) 15: 3445. Copyright (2015) American Chemical Society)



洗濯物を速くたたもうとすると雑になるはず―

分離スピードと分離度の関係もそれに同じく、通常、ろ過やクロマトグラフィーなどの分離技術では、“分離スピードを上げると分離度は下がり、分離スピードを下げると分離度は上がる”。


つまり、現象として、“従来の分離概念を覆す分離技術”を示すことになった。


「しかし、出た結果に対し、論理的に証明しなければ、世の中には受け入れられにくい。」

安井助教(当時、博士課程の学生)は、2008年にハーバード大学を訪れ、その際にナノテクノロジーに携わる研究者としての極意を学んだ、と話す。その教えに従い、上記の“謎”を論理的に追求した。


突破口となったのは、2007年の、K. D. Dorfman教授率いる研究グループの発表で、ナノフィルターの原理を、シミュレーションを用いて説明したという理論物理である。この論文によると、小さいものは奥の隅々まで流れるため、大きいものに比べ、時間がかかって分離されてくる。(Laachi, et al., Phys. Rev. Lett. 2007, 98, 098106


ナノピラーの場合も、同様の原理で、計算上および実験上でそれが証明された。

つまり、DNAが小さい(短い)と、ナノピラーの間をくるくる回転しながら蛇行して流れる。一方、DNAが大きい(長い)と、回転に自由がきかず直進することが分かったのである(図3)。



図3.回転に自由がきく小さいDNAは、蛇行することで、大きいDNAに比べて泳動に遅れが生じる。(図は、Yasui, et al., Nano Lett. (2015) 15: 3445. Copyright (2015) American Chemical Society)



「分離スピードと分離度の綱引きのような状態を打破することができて、かつ、それを論理的に説明できた。」

安井助教は、分離技術を体系的に展開できるようになった、と話す。他ナノデバイスとの連携で、ゲノム解析の“満足できる”高速化も、もうすぐ可能となるであろう。


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「最初は、興味本位でやる“大学の”研究だったかもしれない。」

数多くの産学官連携に取り組み、成果を収める馬場教授は、今回の様なメカニズムを追求するなどの“基礎的な”研究が企業との連携には重要だ、と話す。


技術界とビジネス界が接点を持つように、大学と企業がWIN-WIN関係を築くとき、イノベーションは起こるのだという。


最初は、興味本位でいい。

—いつもイノベーションを起こすチャンスが待っているのだ。

(梅村綾子)


研究者紹介

馬場 嘉信(ばば よしのぶ)氏【名古屋大学大学院 工学研究科 教授】

1981年九州大学理学部化学科卒業。1986年同大学院理学研究科化学専攻博士課程修了、1986年大分大学助手・講師、1990年神戸薬科大学講師・ 助教授、1997年徳島大学教授を経て、2004年より名古屋大学・工学研究科教授。同大学革新ナノバイオデバイス研究センター長、同大学シンクロトロン光研究センター長、同大学未来社会創造機構教授、同大学医学系研究科協力講座教授、産業技術総合研究所健康工学研究部門研究 顧問を併任。専門は分析化学、ナノバイオサイエンス。

受賞歴:

2004年 Merck Award;
2008年 日本化学会学術賞、他。


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「ナノテクで健康社会の在り方に貢献したい」と勢いよく研究を進める馬場氏。今は工学の分野でご活躍だが、出身は理学、そして薬学で教授職に就き、と学問分野を横断してきたご経歴を持つ。
馬場氏の取材では、いつも、第一人者としてご活躍される方の考え方が学べて、私自身、非常に刺激を頂いている。今後のご活躍も是非追跡させてください(梅)



加地 範匡(かじ のりただ)氏【名古屋大学大学院 工学研究科 准教授】

2000年徳島大学薬学部卒業。2004年同大学院薬学研究科薬品科学専攻博士課程修了。薬学博士。2004年10月~2005年1月日本学術振興会特別研究員(PD)として、研究に従事し、2005年2月より名古屋大学大学院工学研究科助手。2012年より現職。2015年4月よりJST ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト ナノ工学グループ グループリーダーを兼任。専門はマイクロ・ナノデバイス、分析化学、物理系薬学。

受賞歴:

2009年日本分析化学会奨励賞;
2008年英国王立化学会(RSC) Physical Chemistry Chemical Physics (PCCP) Award


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メンターのポジションについた今、若手を気にかけて止まない、という加地氏。ナノピラーの歴史を築き上げた話を聴くだけでも「大変そうだ。でもそれだけ一生懸命にやれるなんて羨ましい」と思うくらいだ。良い影響を与えていることと思う。
明るく楽しいお人柄の加地氏と、ついつい・・と話が盛り上がってしまった。今後のご活躍も益々期待して、次の取材のときも楽しみにしています。(梅)



安井 隆雄(やすい たかお)氏【名古屋大学大学院 工学研究科 助教】

2007年名古屋大学工学部化学・生物工学科卒業。2009年同大学院工学研究科化学・生物工学専攻博士課程前期課程修了、2009年日本学術振興会特別研究員(DC1)として、名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻博士課程後期課程で研究に従事し、2011年早期修了、名古屋大学より工学博士の学位取得。2011年日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2012年より現職。2014年より、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)PM補佐を併任。専門は分析化学、ナノ材料・ナノ空間科学。

受賞歴:

2012年 第6回わかしゃち奨励賞優秀賞;
2013年 第29回井上研究奨励賞;
2014年 化学とマイクロ・ナノシステム学会若手優秀賞、他。


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化学・生物工学を専門とする安井氏は、「物理への憧れがある」と話す。今回の論文では、特に公式を入れながらの“物理”なスタイルとなり、安井氏ご自身、喜びを見出していたのだそうだ。
憧れは目標となるかの様に挑戦が尽きない安井氏。これからのご活躍も益々楽しみにしています(梅)



情報リンク集

T. Yasui, N. Kaji, R. Ogawa, S. Hashioka, M. Tokeshi, Y. Horiike, and Y. Baba

Arrangement of a Nanostructure Array To Control Equilibrium and Nonequilibrium Transports of Macromolecules.

Nano Letters 15: 3445 (2015).

(First published on April 16, 2015; doi: 10.1021/acs.nanolett.5b00783)

Noritada Kaji, Yojiro Tezuka, Yuzuru Takamura, Masanori Ueda, Takahiro Nishimoto, Hiroaki Nakanishi, Yasuhiro Horiike, and Yoshinobu Baba

Separation of Long DNA Molecules by Quartz Nanopillar Chips under a Direct Current Electric Field.

Anal. Chem. 76: 15 (2004).
(First published on November 26, 2003; doi: 10.1021/ac030303m)

Nabil Laachi, Carmelo Declet, Christina Matson, and Kevin D. Dorfman

Nonequilibrium Transport of Rigid Macromolecules in Periodically Constricted Geometries.

Phys. Rev. Lett. 98: 098106 (2007).
(First published on March 1, 2007; doi:10.1103/PhysRevLett.98.098106)

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