日本発、世界の高齢化対策に提案 「あなたの老後の不安とは?」
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- 2016/01/04
- 経済学研究科
- 角谷快彦特任准教授
名古屋大学大学院経済学研究科の角谷快彦特任准教授は、社会状況が異なる4つの国(日本、米国、中国、インド)に対して行った国際調査を分析し、精神的なストレス、および経済に悪影響を与える過剰な予備的貯蓄行動を誘発する「老後への不安」要因を特定することに成功しました。
本研究では、3つの主要な事実を見出しました。第一に、老後の生活不安の大きさは、人々の将来に対する見方に影響されること、第二に、資産や所得といった財政的な余裕は、物価が安定している状況下であれば、人々の将来不安を減らすことができること、そして第三に、子どもとの同居は、予想に反して、65歳以降の生活の不安を必ずしも減少させないということです。
特に日本の場合、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少により、人々の老後の生活への不安がかつてない程高まっています。将来への不安は、予備的貯蓄の過剰な積立という形で経済に悪影響を与える他、精神的なストレスとなり、健康を損なう要因となり得るため、本研究成果は、老後の生活不安を和らげる政策立案に応用されることが期待されます。
本研究成果は、家計経済学分野のトップジャーナル「Review of Economics of the Household」電子版へ2015年9月28日に掲載されました。→リンク:全学プレスリリース
世界一長寿の国、日本。世界の医療経済学分野で、フロントランナーとして活躍する。
「少子高齢化に伴う社会経済的課題を扱う日本の医療経済学研究は、世界ですごく注目されています。」
名古屋大学大学院経済学研究科 角谷快彦特任准教授のところへ、世界中の政策担当者から問い合わせが来ている。世界一の長寿国である日本の事例に学びたい、と諸外国が高齢化対策整備に向き合っているためだ。
今回、角谷特任准教授は、精神的なストレスや、経済に悪影響を与える予備的貯蓄の過剰な積み増しに悪影響を与える「老後の不安」要因を特定するため、社会保障制度が異なる4か国<日本、米国、中国、インド>に対して全国規模の意識調査を行った。分析対象は、40歳~64歳の男女、約5,000人(調査時期:2012年1月ごろ)。
老後の不安の要因は、資産、介護の担い手になり得る家族の存在、それとも? また、不安を減らすにはどうしたら良いのか?
―政策立案への応用に、期待膨らます。
1920年~2060年の日本の人口および推計人口(出典:「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」国立社会保障・人口問題研究所 2016年1月4日に利用)
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―日本の課題を解決したい
「日本は、少子高齢化という社会問題において、世界の最前線にいます。日本からの発信は重要視されているんです。」
日本の役に立てることなら、と医療経済学で数多の研究テーマを掲げ研究に打ち込む角谷特任准教授。とは言え、医療経済学を専門に研究に打ち込み始めたのは、実は博士課程の学生の頃からだった。
角谷特任准教授は、学部卒業後、就職を通し、公共ビジネスの仕組みに興味を抱いた。中でも目を向けたのは、人口の高齢化比率において世界の断然トップにいる日本の社会経済的課題。(2014年現在25.78% <データ:WEBサイト「GLOBAL NOTE(www.globalnote.jp)」>)
日本の課題を解決したい、と博士課程への進学を決め、内閣府の国際交流コーディネーターとして活躍しながら、留学のための奨学金獲得に励んだ。
その後、進学先のシドニー大学で取り組んだ研究成果は、日本のデータを精緻な分析のもとモデル化しており、かつ英文で書かれているとして、今でも諸外国から注目を集めている(日本語版は「介護市場の経済学」として2016年2月に名古屋大学出版会より出版予定)。
世界の注目度は益々高まり、角谷特任准教授には、諸外国で高齢化に向けた政策の担当者からの問い合わせが相次いでいるのだ。
タイ政府の皆さんとの集合写真。角谷特任准教授(中央)は、タイ政府の介護保険制度導入に関するゲスト・スピーカーとして招かれた。(写真は、角谷特任准教授より提供)
―どんな政策立案を提言できるか?
角谷特任准教授は、経済の規模や将来に対する考え方により異なっている世界の社会保障制度に目を向け、持続可能かつ最低限の生活を保障する社会保障の実現のために―どんな政策立案を提言できるか―を目指す。
そして、大阪大学のグローバルCOEプログラム『人間行動と社会経済のダイナミクス(代表:大竹文雄教授)』のメンバーとして活動していた当時より、高齢化の進展速度と社会保障制度が大きく異なる4か国<中国、インド、アメリカ、日本>を対象にした国際調査に取り組み始めたのである。
調査票には、例えば、「老後の生活が不安だ」に対し、とてもそう思う~全くそう思わない、の5段階に答えてもらう質問を盛り込み、その回答に、年齢、性別、収入、資産、および年金で賄えると思われる生活費の割合などが、どの程度影響しているかを分析した。また、これらの要素と老後の不安との因果関係については、ロバストネスチェックおよびGeneralized Structural Equation (GSE) と呼ばれるモデルを適応し、数理的に処理した。
各国の調査には、角谷特任准教授以外にも多くの研究者らが携わり、各国の言語に翻訳した調査票を使用して現地の事情に合わせた方法で行った。
4か国各々において、20歳以上69歳以下の男女をランダムに選び、
日本の場合、訪問留め置き式(対象者を訪問、調査票を手渡し、その後、記入してもらった調査票を再訪問にて収集する方法)にて調査したデータセットの中から、40~64歳2,579名を対象に分析した。
アメリカの場合は、国土が広いため、郵送による調査(アラスカおよびハワイ州を除く)を行ったうち、40~64歳1,190名を対象に分析した。
中国およびインドは、文字が読めない場合もあることから、面接による調査を行った中から、中国は735名、インドの場合は493名の40~64歳に対し分析を行った。
結果、日・米・中・印における老後の生活不安の要因は、国々の特徴とともに明らかとなった。
日本やアメリカでは、資産が多い、配偶者がいる、および運動習慣があると老後の不安が減少するという傾向が見られ、特に日本においては、年金で賄える生活費の割合が高くなると不安が減る。
一方、中国やインドではこの通りではない。
中国においては、資産が多くても配偶者がいても、将来の不安は必ずしも減少しない、という結果が得られた。これについては、中国人は、そもそも将来への関心度が低いことも別途観察された。この背景としては、物価の変動の大きさをはじめ、将来に対する不確実要素が大きいため、現在の資産、家族環境が将来の不安に影響を与えにくいと考えられる。
また、インドでは、近年の住宅価格の上昇傾向を受け、持ち家があることが老後の生活不安を減少させるようだ。
その他、4か国で共通だったのが、予想に反して、子どもとの同居は老後の生活不安を必ずしも低下させない、ということだった。
「データとエビデンスで、調査対象国それぞれの住民の老後の生活不安要因を特定し、それらに対する対策を導出できた。」
角谷特任准教授は、本研究成果が予想以上に注目された、と話す。これからも、日本の経験を紹介できる研究者として、世界中が直面している医療経済学分野の課題に挑み続けたい、と意気込みを露わにする。
研究室の仲間とディスカッション。(写真は、角谷特任准教授より提供)
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―少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少についてはどうか?
角谷特任准教授は、高齢化に伴い、生産年齢人口が減少していることは若者にとってむしろチャンスである、と説明する。人手不足が続けば給与は上がるだろうし、生産性を高める必要があることに対しては、創意工夫と科学技術で賄うこともできると考えられるからだ。
人口高齢化の進展が世界で最も早いために、日本が最先端のポジションを極める可能性がある、という医療経済学分野。医療技術や科学技術を融合すれば、また更に日本の強みを推し進めていける分野として勢いを増していくことだろう。
「将来の不安を取り除くため」にも
—様々な融合分野で、若者の活躍が期待されている
(梅村綾子)
研究者紹介
角谷 快彦(かどや よしひこ)氏【名古屋大学大学院 経済学研究科 特任准教授】
明治大学政治経済学部卒業後、民間企業勤務、カナダ・マギル大学派遣交換留学等を経て早稲田大学大学院公共経営研究科修士課程修了。その後、2007年に全額奨学金を得てシドニー大学経済ビジネス研究科博士課程に進学し、2010年に同大プレドクトラル研究賞を受賞して修了。2011年にPhD取得。シドニー大学ビジネススクール研究員、大阪大学社会経済研究所特任助教、名古屋大学大学院経済学研究科講師を経て2015年10月より現職。博士課程教育リーディングプログラム「PhDプロフェッショナル登龍門」を担当。
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角谷氏を取材中、「確かにその通りだ!」私は気付きの連続だった。日本の中にいると日本が直面している“当然”な社会問題はただの文化として見えてしまっていた。確かに、世界に先駆けて日本が挑んでいる高齢化対策は、アドバイスできる立場にあるではないか。
角谷氏が広い視野で医療経済学分野を極めているその背景には、「1年以上寝食を共にした仲間の数は世界130か国2,000名以上にも上る」という社会経験にもあるのだろう。今後のご活躍にも大いに期待したい(梅)
情報リンク集
- 名古屋大学経済学部・経済学研究科HP http://www.soec.nagoya-u.ac.jp/index.html
- 今回の論文のリンク先(検索結果から)
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11150-015-9310-0
Kadoya, Y.