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ハイライト論文

個々に培った知識・技術を組み合わせ、「生きたまま分析」も可能となる新技術を開発

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  • 2016/04/22
  • 医学系研究科
  • 高等研究院
  • 財津桂准教授
  • 林由美助教

名古屋大学大学院医学系研究科および名古屋大学高等研究院の財津桂准教授、林由美助教らの研究チームは、アミノ酸、有機酸、脂肪酸、糖類等のいわゆる内因性代謝物(メタボライト)の網羅的解析法として、前処理操作を不要とすることで、生体内でのメタボライトの変化をより正確に捕捉する分析手法を開発しました。
近年行われているメタボライトの網羅的解析には、質量分析計が用いられていますが、質量分析を行う前にメタボライトの抽出等、前処理操作を行う必要がありました。しかし、このような前処理操作の間にメタボライトの分解が生じる場合や、メタボライトの濃度に変動(バイアス)が生じることもあり、生体内のメタボライトの濃度やその変化を正確に捕捉するためには、前処理操作に伴うバイアスを出来るだけ排除することが好ましいと考えられています。
そこで本研究では、株式会社 島津製作所と共同で、PESIと呼ばれる鍼灸針を利用したイオン化法とタンデム質量分析計を組み合わせた分析技術を開発しました。これにより、メタボライトを肝臓から直接かつ非侵襲的に採取し分析することが可能となり、さらに、本手法を「生きたマウス」の肝臓に応用し、エネルギー産生に関与する特定のメタボライトの変化をリアルタイムでモニタリングすることにも成功しました。本手法は、今後、新たなメタボライト分析手法の発展を飛躍的に推し進め、かつ、動物における代謝異常疾患の原因探索や、植物のリアルタイム・モニタリングへの応用など、広範囲な研究分野に展開することが期待されます。
本研究成果は、平成28年3月9日付の米国科学雑誌「Analytical Chemistry」オンライン版に掲載されました。

人も装置もプロフェッショナルが組み合わされば、“不可能”だったことにも挑戦できる。「若手新分野創成ユニット」を結成した研究チームが、生体中メタボライトの「生きたまま分析」に成功した。

「この先生に弟子入りして習おう。」

名古屋大学大学院医学系研究科および高等研究院の財津桂准教授と林由美助教は、互いの専門性を尊重しながら研究を進める、良き研究パートナーだ。財津准教授は、分析手法・技術を専門とし、また林助教は動物実験手技を強みとする。両者は、互いの知識とスキルを組み合わせた「若手新分野創成研究ユニット」を立ち上げ、生体中アミノ酸等の代謝物(メタボライト)分析における新技術開発に挑む。


新分野創成としてのオリジナリティは、研究室名にある通り「in vivo リアルタイム・オミクス」―つまり、生体中に存在する分子全体を網羅的かつリアルタイムに解析することを目指す。リアルタイム解析が可能となれば、これまでの断片的にしか知り得なかった結果そのものに新たな見解を見出せることになるだろう。また、継続的に解析することで、生き物の「生」や「死」についての新たな定義が得られるかもしれない。


今回、財津准教授と林助教の研究チームは、株式会社 島津製作所と共同で、鍼灸針を利用した新規イオン化法(PESI)と、タンデム質量分析計(MS/MS)を組み合わせたPESI/MS/MS法を開発し、「生きたマウス」の肝臓でエネルギー産生に関与するメタボライトのリアルタイム・モニタリングに成功した。本手法は、直接的かつ非侵襲的であることから、動物のみならず植物の代謝研究へと、その応用展開が期待、注目されている。


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互いの強みを組み合わせ、若手新分野創成研究ユニットとして立ち上げる


「私は、以前、科捜研で覚せい剤や薬物などの成分分析を担当していました。」

分析手法・技術を専門とする財津准教授は、科学捜査研究所(科捜研)で薬物分析の手法・技術を磨きあげてきた。

更に、科捜研勤務時代に内地留学制度を利用して、バイオマーカーの探索や生体の機能解明に関わる研究等に幅広く応用されている解析技術「メタボロミクス(代謝物総体解析)」を学ぼうと、大阪大学の福崎英一郎教授のもとでメタボロミクスにおける分析技術、スキル、ノウハウを身に付けた。結果的に、アミノ酸等の生体内代謝物であるメタボライトへと分析対象を拡げることにもなり、「薬物以外を分析したことは初めてだったが、科捜研での経験が活かせることにも興味を抱いた」と財津准教授は当時を振り返る。


その後、名古屋大学大学院医学系研究科 法医・生命倫理学研究室の石井晃教授からの誘いを受け、名古屋大学に着任。研究テーマの一つに、メタボライトを正確かつ効率良く分析する技術の開発を挙げ、更には、生体内メタボライトのリアルタイム・モニタリングを可能とすることを目指し、取り組み出した。


「しかし、動物を用いて、いざ実験、となると困ってしまったのです。」

動物の生体内メタボライトの分析に、動物実験は避けては通れない道であるものの、財津准教授は、動物の解剖も、血を採ることも経験がなかった。不可欠な実験が「困難な壁」として立ちはばかるも、このとき、同研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座の林助教の動物実験を見学するという好機に恵まれたのだ。


財津准教授は、林助教の解剖手技を目の当たりにし、「弟子入りして習いたい」と頼みこみ、マウスの全身解剖をはじめ、脳の解剖など、林助教から一通りの解剖トレーニングを受けた。

一方で、互いの研究について“おしゃべり”する間に、個々に抱えている研究課題の克服には、互いの専門を組み合わせる必要があることが見えてきた。まさにその時、「若手新分野創成研究ユニット」の公募情報が舞い降りてきたのである。


—視点を変えたアプローチにこだわる


財津准教授と林助教は、メタボロミクスの分野の中でも、視点を変えたアプローチによりオリジナリティを出すことにこだわった。両者は、互いの強みである質量分析と動物実験という組み合わせから、「生きたまま分析できる」というリアルタイム解析を目標とした。それは両者の過去の経験から、必然的でもあった:


「法医学という観点で、「死」への定義を不思議に思っていました。」

財津准教授は、日頃からリアルタイム解析の必要性を感じていた。「死」とは、連続しているものが突如止まることなのか、それとも、心肺機能や脳の機能が徐々に落ちて止まっていくことなのか、リアルタイム解析なら「死」への定義が分かるかもしれない。


「動物実験の解剖で、タイムラグができてしまうことが懸念でした。」

林助教は、動物実験において、解剖に費やされる一定時間のタイムラグが、結果に影響してしまうことを問題視していた。「動き」の始まりはどこなのか、そして次の「動き」は何に反応して始まるのか、リアルタイム解析で「動き」の一連の流れが理解できれば、今までタイムポイントでしか追うことができなかった結果にも、新事実を提供できるかもしれない。


そして何より、メタボロミクスの分野においても、疾患等によるメタボライトの生体内の変動をより正確に捉えるためには、メタボライトのリアルタイム・モニタリング手法の開発が不可欠であることが想定された。

現在、メタボライトの分析には、生体サンプルからメタボライトを抽出する操作や、濃縮操作あるいは誘導体化と呼ばれる前処理操作が必要となる。しかし、このような前処理操作の間にメタボライトの分解が生じる場合やメタボライトの濃度に変動(バイアス)が生じてしまうことがあるため、前処理操作を経ずにメタボライトを採取し、かつ、メタボライトの採取と同時にイオン化を行う技術の開発が求められていることも背景にあった。


「リアルタイム・モニタリングを質量分析計で行うためには、PESI/MS/MS開発の可能性に期待が募りました。」

幸いにも、財津准教授と林助教の強みを組み合わせたアプローチは新ユニットとして採択され、その直後に、島津製作所からPESI/MS/MSのプロトタイプ機が完成したとの連絡を受けたのである。


—PESI/MS/MSの開発


「実は、名古屋大学着任前のことですが、PESI/MS/MSについて島津製作所に相談していました。」

PESI/MS/MSとは、探針エレクトロスプレーイオン化法(Probe Electrospray Ionization, PESI)と二段階の質量分離が可能であるタンデム質量分析計(MS/MS)を組み合わせた質量分析装置である(図1)。



図1. PESI/MS/MSの概略図(図は、説明資料として財津准教授より提供)



PESIは、2007年に山梨大学の平岡賢三教授が開発した新規イオン化法である。生体成分を採取した針に直接高電圧をかけ、前処理なくその場で生体成分をイオン化することが出来る。PESIは、特にこの針の先端直径が700 nmという極細の「鍼灸針」(図2)を用いることで、狙いを定め、より効果的にイオン化できるというものだ。かつ、鍼灸針なら生体に損傷をほぼ与えることなく、ごく微量の生体成分を直接採取することが可能となる。



図2. 直径700 nmの鍼灸針 ※1 nm = 1/1000 mm



これまでも、PESIと一段階の質量分離(MS)を組み合わせたPESI/MS法により、植物の細胞に鍼灸針を刺し、細胞内の成分を計測した報告はあった(Gong, et al. Anal. Chem., 2014, 86, 3809, Nakashima, et al. Anal. Chem., 2016, 88, 3049)。しかし、MSではどうしても化合物同定の特異性に欠けるため、財津准教授らが求める、よりインパクトの強い分析手法とするためには、二段階の質量分離(MS/MS)との組み合わせが不可欠であった。

そんな折、「財津さん、PESI/MS/MSのプロトタイプ機ができましたよ」と、島津製作所 産学官・プロジェクト推進室の山下洋司室長から連絡が入った。タイミング良く、財津准教授ら研究チームは、PESI/MS/MS法の開発に取り組み始めたのである。


「未だ完成品ではなく開発途中のプロトタイプでしたから、スイッチなども外付けの単純なものでした。」

財津准教授らは、PESI/MS/MS装置の開発当初、月一度の頻度で京都の島津製作所に通った。以来、島津製作所 グローバルアプリケーション開発センターの村田匡さんと協力しながら、データ収集および装置の最適化に取り組んでいった。


順調に、期待通りのデータが得られていたのも束の間、上手くいかないことも多かった。

針を刺すタイミングと電圧を掛けるタイミングの「ずれ」が重要な問題となるなど、前例が無い装置の開発に未知の悩みは付き物であった。しかし、データを集めながら研究チームは幾度も議論を交わし、装置の特性および本手法の有用性を動物実験により評価していった。


PESI/MS/MSのサンプル挿入部


—リアルタイム・モニタリングの成功へ


財津准教授と林助教は、PESI/MS/MSの最適化に取り組み、ついには解剖によって採取したマウスの肝臓から26成分のメタボライトを直接検出した。


さらに、四塩化炭素(CCl4)の投与により作製した肝障害モデルマウスと、何も投与していない対照マウス、各5匹の肝臓を解剖で採取し、PESI/MS/MSによりメタボライトの直接分析を行った。期待通りにも、肝障害によって生じた肝臓内のメタボライトの変化をPESI/MS/MSにより直接捉え、かつ、得られた複数のデータを多変量解析した結果、有意に変動する成分を特定することにも成功した(図3)。



図3. 主成分分析の結果(図は、説明資料として財津准教授より提供)



次に、財津准教授と林助教は、本手法を生きたマウスの肝臓に応用し、リアルタイム・モニタリングの実験に取り掛かった(図4)。



図4. リアルタイム・モニタリングの実験手順(図は、説明資料として財津准教授より提供)



対象としたのは、エネルギーの産生に重要な役割を果たしている生化学反応回路である「TCA回路(もしくは「クエン酸回路」として知られる)」を構成する成分のフマル酸、α-ケトグルタル酸である。

TCA回路はミトコンドリアのマトリクス(基質)に存在するが、ミトコンドリアの外膜を通過できるピルビン酸を投与すれば、TCA回路が亢進し、TCA回路内のフマル酸、α-ケトグルタル酸の濃度が上昇すると考えられる(図5a)。



図5. (a) TCA回路の模式図 (b) ピルビン酸投与後、フマル酸とα-ケトグルタル酸の濃度上昇が現れた。(図は、説明資料として財津准教授より提供)



「ピルビン酸の投与直後に、フマル酸とα-ケトグルタル酸にピークが現れたのです。」

財津准教授と林助教は、予測通りの展開(図5b)に感動を示した。


実際、このシンプルかつインパクトある結果に、世界中の研究者からの注目を集めることとなった。期待に応えるようにして、研究チームは、PESI/MS/MSの広範囲な研究分野への展開活用に、益々アクセル全開で取り組んでいる。


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「最強の組み合わせで、新しいことに挑戦できました。」

財津准教授と林助教は、互いの強みを増強し合える最強のユニットを結成した。そして、既存の装置であるPESIおよびMS/MSを組み合わせることで、これまで不可能とされてきたことを可能にすることができた。


既に活発に研究成果が生み出されているメタボロミクスの分野においても、未踏であったリアルタイム・モニタリングを明確な目標とし、それに向け挑戦することで、研究ユニットにオリジナリティをもたらすこともできた。これを基点として、PESI/MS/MS法は、動物のみならず、すべての生き物の見えない世界を視覚化するだろうことが期待されている。


実に、教科書に見る、“見えなかった”TCA回路が、今や手に取って見えるようだ。

—リアルタイム・モニタリングのおかげで、見えない科学に興味が湧く瞬間も増えていくことだろう。

(梅村綾子)


研究者紹介

財津 桂(ざいつ けい)氏名古屋大学大学院 医学系研究科 准教授


2002年同志社大学工学部物質化学工学科を卒業。その後、同大学工学研究科工業化学専攻 前期博士課程に入学するが、2003年に中退し、2003年~2012年まで大阪府警察本部 科学捜査研究所にて研究員として勤務する。2013年より名古屋大学大学院医学系研究科に准教授として異動。2014年10月「若手新分野創成研究ユニット」の採択を受け、名古屋大学高等研究院で准教授を兼務する。その他、2013年より大阪医科大学の非常勤講師、2015年より同志社大学生命医科学部の非常勤講師も務める。

(写真は、財津氏お気に入り、クラプトン・モデル Fender Eric Clapton model Stratocaster のギターヘッド)


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ギターを7台持っているという財津氏。「エリック・クラプトンを敬愛し、実はギター演奏でプロを目指していた」と話す。加えて、ギター演奏も研究も、共通のプロ意識が働くと説明する財津氏は、きれいに○○できるまで、と常にこだわりを追求する凝り性な性格なんだそうだ。
取材時、非常に明るく楽しいラボ空間にお邪魔させて頂いて、まるでミュージックライブに来たようなワクワクする感覚を覚えていた。研究成果も、こんな感じで、エキサイティングに生み出されているのだろう。今後の更なるご研究成果、またその展開を楽しみに思うばかりだ(梅)



林 由美(はやし ゆみ)氏【名古屋大学大学院 医学系研究科 助教】

2009年名古屋大学大学院医学系研究科 医科学専攻で修士課程を修了後、2012年同大学大学院同研究科 健康社会医学専攻で博士号(医学)取得。その後、同大学大学院同研究科の医療技術学専攻にて助教を務め、201412月からは、財津氏とともに、名古屋大学高等研究院の「若手新分野創成研究ユニット」を兼務する。

(写真は、林氏の職卓上を飾る動物フィギュア達)


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動物が大好き、という林氏。「動物実験で飼育している動物が可愛いくて仕方ない」からこその、実験での心構えを話してくれた。研究が論文となり成果として世に出ていくには、実験が必要不可欠であるが、実験は何度もやれるものではない。そこに命を提供してくれる動物たちに感謝し、一発勝負であることを常に肝に銘じて実験しているのだという。
林氏は、手先の器用さ、またセンス良く勘を働かせ、磨きに磨きを重ねながら動物実験を手掛ける。取材時も、飴の袋をちょちょいと織り込んで、その手先の器用さを見せてくれた。今後も最高の腕から生み出される研究成果に益々の期待が募る(梅)


情報リンク集

Kei Zaitsu, Yumi Hayashi, Tasuku Murata, Tomomi Ohara, Kenta Nakagiri, Maiko Kusano, Hirokki Nakajima, Tamie Nakajima, Tetsuya Ishikawa, Hitoshi Tsuchihashi, and Akira Ishii.
Intact endogenous metabolite analysis of mice liver by probe electrospray ionization/triple quadrupole tandem mass spectrometry (PESI/MS/MS) and its preliminary application to in vivo real-time analysis.
Analytical Chemistry 88: 3556-3561 (2016).
(First published on March 9, 2016; doi: 10.1021/acs.analchem.5b04046)

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