「非破壊」・「迅速」・「低コスト」―高品質なiPS細胞を大量かつ安定に製造するシステム開発に貢献

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  • 2016/12/26
  • 創薬科学研究科
  • 加藤竜司准教授

名古屋大学大学院創薬科学研究科の加藤竜司准教授、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ヒト幹細胞応用開発室の古江-楠田美保研究リーダー、及び株式会社ニコン マイクロスコープ・ソリューション事業部ステムセル事業開発室の清田泰次郎室長ら研究グループは、ヒト多能性幹細胞の培養工程における細胞の品質評価を非破壊かつ容易にした、新しい画像評価技術を開発しました。
iPS細胞などのヒト多能性幹細胞は、無限の増殖能と多分化能を有することから創薬研究や再生医療等への実用化が期待されています。しかし、培養工程や品質管理においては、現状、熟練した作業者の目利きにより行われており、作業者にとって多大な時間と大きな労力が必要です。
本研究では、非破壊的な画像情報を用いた検査法を新しく開発し、これにより、iPS細胞の品質を「非破壊」・「迅速」・「低コスト」に評価することに成功しました。培養中の細胞を傷つけることなく、その品質を容易に確認できるため、高品質なヒト多能性幹細胞を大量かつ安定に製造するシステム開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2016年9月26日付の英国Nature Publishing Groupの電子ジャーナル「Scientific Reports」に掲載されました。

尚、本研究は、

  • 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業:再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発/ヒト多能性幹細胞由来の再生医療製品製造システムの開発(網膜色素上皮・肝細胞)」(プロジェクトリーダー 紀ノ岡正博教授・大阪大学)
  • NEDO 「ヒト幹細胞産業応用促進基盤技術開発/ヒト幹細胞実用化に向けた評価基盤技術の開発」(古江美保、加藤竜司、株式会社ニコン)
  • 産業技術研究助成事業(若手研究グラント09C46036a) (加藤竜司)
  • 公益財団法人 堀科学芸術振興財団 研究費助成金 (加藤竜司、佐々木寛人)
  • 日本学術振興会 グリーン自然科学国際教育研究プログラム (加藤竜司、佐々木寛人)
  • AMED厚生労働省 再生医療実用化事業「iPS細胞の品質変動と実用化を目指した培養技術の標準化に関する研究」:(古江美保)
  • 日本学術振興会:(加藤竜司、古江美保、菅三佳)

の研究費助成・支援を受けて行われました。

多分野横断が産み出した新しい視点で、創薬研究現場の課題を解決する。

「工学的な技術開発で、製造現場が大きく変わることがあります。」

名古屋大学大学院創薬科学研究科の加藤竜司准教授は、細胞、化学、情報を融合した「ものづくり研究」を専門に研究を進める。加藤准教授のバックボーンは、微生物から作られるパンや酒、そして薬などの製造工程を制御する学問、生物工学。「扱うのが難しい生モノだからこそ、製造技術には人を支える工学的技術開発が必要」と加藤准教授は話す。

製造現場では、製品の出来栄えに影響する要因がたくさんある。

特に、生モノを扱う製造技術においては、温度や湿度などの環境要因の他にも、人の作業に様々な要因が含まれており、これらの組み合わせが重要な影響を及ぼす。加藤准教授は、このような製造工程における要素をデータ化し、ぶれの少ない製造技術につながる原因の組み合わせの発見やコンピュータモデルの構築を行うことで、様々な企業のニーズに応えてきたのだ。

今回は、iPS細胞などのヒト多能性幹細胞の培養工程が課題。熟練した作業者の目利きにより行われているiPS細胞の評価を自動判別にするため、加藤准教授らは、非破壊的な画像処理技術を用いて細胞の大きさや形状のデータを大量に数値化し、これを活かした「データベース型判別ソフト」を開発、iPS細胞のリアルタイム品質評価に成功した。今後、「非破壊」・「迅速」・「低コスト」な細胞品質管理システムの更なる開発・展開が期待されている。

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創薬研究が直面する、iPS細胞培養工程の課題

病気の原因解明、新薬開発、そして薬剤の副作用評価など、創薬研究の分野に欠かせないヒト多能性幹細胞。1998年にヒトES細胞(embryonic stem cell)、2006年にヒトiPS細胞(induced pluripotent stem cell)を扱う科学技術が報告され、細胞培養によってこれらを研究利用することが可能となった。

これらのヒト多能性幹細胞は、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力と、ほぼ無限に増殖する能力を併せ持つ。このため、特に創薬の分野においては、人体ではできないような薬剤の有効性や副作用を評価する検査などが可能となり、新薬開発が飛躍的に進むと期待されている。

「どんな細胞も今は手作りですが、これからはもっと大量に細胞が必要となります。」

加藤准教授は、ヒト多能性幹細胞の培養工程に対し機械化などの技術革新の必要性を訴える。細胞培養は現在人の手作業により行われ、また日々の細胞チェックも人の目利きにより行われている。“変な”細胞を見つけたとき、一つ一つこれを掻き取る丁寧な作業も、全て研究者の手により行われているのだ。

—画像解析技術で、iPS細胞培養工程の自動化に挑戦

「この研究はAMEDプロジェクトの紀ノ岡先生に、工学的研究者が必要だということでお声を掛けていただき、始まりました。」

加藤准教授が携わった国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトとは、「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業:再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発/ヒト多能性幹細胞由来の再生医療製品製造システムの開発(網膜色素上皮・肝細胞)」である。

プロジェクトリーダー 紀ノ岡正博教授(大阪大学)は、産業化を推進するためのシステム開発プロジェクトを多く企業と共に遂行している。例えば、ロボットなどを導入した細胞培養の自動化もその一つ(動画参照)。


組織ファクトリー(T-Factory)プロモーションビデオ_日本語版


加藤准教授はAMEDプロジェクトの中で、iPS細胞の評価を自動判別にするための画像解析ソフト開発の分担を受けた。そして、幹細胞研究において形態情報の重要性に早くから注目して研究をリードしていた医薬基盤・健康・栄養研究所 ヒト幹細胞応用開発室の古江-楠田美保研究リーダー、および国内企業として細胞の画像解析や評価に実績のある株式会社ニコン マイクロスコープ・ソリューション事業部ステムセル事業開発室の清田泰次郎室長らと共に異分野融合のチームを組み、現場で必要とされている検査法の開発へと取り組みだしたのである。

—バラツキを統一化する

ES細胞やiPS細胞は培養容器の中で単一細胞から増殖し、コロニーと呼ばれる島のような集まりを作る。

ES細胞などの幹細胞研究において、その島の形が違うと細胞の未分化の状態が違う(図1)、ということは多くの研究者が注目し、重要だと考えられていた。しかし、どんな形のコロニーがどんな状態なのかを判定する人の目利きには、どうしても違いが出てしまうという悩みもあった。


図1. コロニーの形とその状態。コロニーの状態によって未分化状態が違うときがある。(画像:加藤准教授より説明資料として提供)



「人の顔を見分ける技術に似ているんですよ。」

人の顔を見分ける際、年齢や性別、また人の表情から得られる「情報」などが頼りになる。このことは、適当に数枚選んだ顔写真で、誰の顔でも見分けられるソフトウェア開発がいかに難しいかを物語るだろう。

加藤准教授らの細胞画像解析ソフトも同じだ。必要なことは、「できるだけ沢山、できるだけ色んな写真をコンピュータにきちんと記録すること」と加藤准教授は説明する。

加藤准教授は次の方法を取った(下図:加藤准教授より説明資料として提供):

1. iPS細胞のコロニーの写真をたくさん撮る。

2. 写真に写ったすべてのコロニーを、コンピュータに認識させる。

3. コロニーの輪郭、直径、横の長さなど、様々な形状を測定してデータ化する。

4. 数百個~数千個のコロニーの形状データを一気に比較解析。

5. 数学的なパターン解析により「似たまとまり」を見つけ出す。

「人は見慣れたものよく覚えている、という現象を模倣しました。」

結論の一つとして、加藤准教授は「沢山のデータを比較し、よく現れる形について集中的に生物的解析をすることで、形が品質を反映している糸口が見えてきた」と話す。ブレークスルーの肝は、一度に数百~数千個ものコロニーを解析できるニコンのシステムと、生物工学的なデータ解析とのテクノロジーの融合だった。大量のデータが、ようやく、曖昧だった細胞の違いを見分けるヒントをくれたのだという。

さらに加藤准教授らは、コロニーを見分ける技術の妥当性を検証するために、形の良いiPS細胞コロニーと形の悪いコロニーとを、網羅的な遺伝子評価により比較した。
結果、形の悪い細胞コロニーは、形の良いコロニーに比べ、大きく異なる遺伝子発現をしていたのだった(図2)。


図2. iPS細胞コロニーの画像診断を検証するため、遺伝子解析の結果を比較した(画像:加藤准教授より説明資料として提供)


「画像解析技術なら、細胞を傷つけることなく、生きたままの評価が可能です。」

データベース型判別ソフトの開発と画像解析技術の導入により、研究チームは、生きたままのiPS細胞を自動評価できる品質管理技術の実用化の扉に手をかけたと言える。また、この方法は別のiPS細胞株やヒトES細胞においても、同様に適用することができた。「今後、データの集積と、判別アルゴリズムの進化を行うことで、画像解析技術は益々精度を高めていけるだろう」と加藤准教授は期待を膨らます。

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安定した結果を生み出す必要性。

実験直前も、そして実験後も、細胞の品質評価を簡便に行うことができるようになれば、常に目的品質の安定したiPS細胞を大量かつ経済的に供給できるシステム作りを提案できるかもしれない。細胞としての品質と製造コストのバランスが重要となっている再生医療分野において、「非破壊」「迅速」「低コスト」の3本柱を達成したことに多くの意義が見出される。

「甘いはずのイチゴが、食べてみたらそんなことなかった、ではがっかりします。精度を上げていくことが大切です。」

加藤准教授は「果実の甘さも工学的な計測と判別の精度を挙げれば的中できる、ということに似ているかもしれない」と説明を加え、細胞製造技術を支える工学の更なる展開に目を向けている。

細胞(イチゴや人間だって)—

バラツキあるから興味深く、大切で、かつ研究しがいのある「バイオの世界」なのだ

(梅村綾子)

研究者紹介

加藤 竜司(かとう りゅうじ)氏【名古屋大学大学院 創薬科学研究科 准教授】

1999年東北大学工学部化学・バイオ系卒業。2001年奈良先端科学技–術大学院大学バイオサイエンス研究科で修士課程を修了し、2004年名古屋大学工学研究科生物機能工学を専攻、工学博士を取得。その後、名古屋大学 Nature COE ポスドク研究員を経て、2004年11月より名古屋大学医学部臨床細胞治療学講座 助手、2006年11月より名古屋大学工学研究科生物機能工学専攻 助教を務めた。2012年より現職。

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「ものづくり研究」をリードする加藤氏。多分野を横断されてきたご経験からも、視野広く現場の課題に耳を傾け、細胞、化学、情報の学際領域で勢いよく研究を進める。「共同研究者らと慎重な話し合いを持つことが大切」と話す加藤准教授の、一つ一つの丁寧かつ慎重な言葉遣いにも共同研究者らへの敬意の念が感じられた。
「知る・創る・探る科学」「融合知識が産み出す新しいアイディア」「少数精鋭 創薬の先端研究を通じて世界へ」「創薬と人生とをつなぐ人間関係」・・これらキャッチフレーズをもとに勢いよく展開を見せる創薬科学研究科。“そのもの”の加藤准教授の、今後の更なるご研究成果に期待したい(梅)

研究室の皆さん

情報リンク集

Ryuji Kato, Megumi Matsumoto, Hiroto Sasaki, Risako Joto, Mai Okada, Yurika Ikeda, Kei Kanie, Mika Suga, Masaki Kinehara, Kana Yanagihara, Yujung Liu, Kozue Uchino-Yamada, Takayuki Fukuda, Hiroaki Kii, Takayuki Uozumi, Hiroyuki Honda, Yasujiro Kiyota, and Miho K Furue.
Parametric analysis of colony morphology of non-labelled live human pluripotent stem cells for cell quality control
Scientific Reports 6: 34009 (2016).
(
First published on September 26, 2016; doi: 10.1038/srep34009)

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