問題

数学のもう一つの魅力は、いろいろな現象の原因を、その論理によって見通せるという点です。
そこで、例えば、イースト菌の増殖を数学的にみてみましょう。
まず、イースト菌(セルビシ種)とその増殖について次を仮定します:
1.成熟したイースト菌は直径が10ミクロンくらいの球形である。
2.成熟したイースト菌はその表面の1点から芽を出して増殖する。
3.この芽は成熟した後に、それ自身の芽を出して増殖することができる。
4.このイースト菌には、2つの型が存在する。それを仮に、Ⅰ型とⅡ型とする。
そこで、このイースト菌についての増殖実験を行って、次のような知見をえたとします:
ある1個のイースト菌から出た芽が成熟すると幾何学的には相接する2つの球になるわけですが、
a.Ⅰ型については、次に出る芽は、これらの球がほぼ接する点から発芽した。
b.Ⅱ型については、次に出る芽は、これらの球の接点を通る直径のもう一方の
(接点でない側の)端の近くから発芽することが多い。
c.ただし、bについては必ずしも直径のもう一方の端から発芽するというわけではない、
実験誤差を考えにいれてもその近くとしか言えない。

そこで問題になることは、このようなイーストの増殖の原因を幾何学的に説明することができるだろうかということです。
例えば、一番単純には、もう一方のイーストからの距離を考えて、Ⅰ型については最短距離の地点、Ⅱ型については、最大距離の地点、が発芽点と言えるかもしれません。
でもこれでは、上記cでⅡ型の発芽点が1点に決まらないといっているのに矛盾します。
そこで某博士は、このイーストの一つ一つの周りを取り巻く水か油のようなものの薄い幕を仮定しました。
イーストが二つくっつくとこれはヒョータン(瓢箪)形になりますネ。さて,某博士の立場にたって、これで上の現象が、一応は説明できることを示してください。
そして、そのうえで、もし、君自身の考えがあれば述べてください。
純粋数学的にはこれでおしまいかもしれませんが、本当に面白いことは、これから生物学的な何かを発見することです。
例えば、上でマズッテしまった距離の考えは、イーストから分泌される何かある物質(フェロモンなど)または(単極の)磁石の磁場のようなものだけがその原因であると考えることにあたります。

実をいうと、この問題の本当の解決に向かって某博士は、今なお、実験や計算を続けているのです。

解説

この問題にはいわゆる正解はまだない。今手許にあるのは多分こうに違いなかろうという予想と、この方向でなんとか真理にたどりつきたいとする情熱だけである。正解がない以上は誤まった答えもまたありえない。極論すれば、この問題に真剣に取り組んでくれた人々のすべてが正解であり、表彰に値するはずである。

実をいうと、そういう人たちはせいぜい20人位だろうから、これでいけると思っていた。
しかし、蓋を開けてみると、見事にアテが外れて、200人を越える方々からの真剣な解答を頂いたのである。
これに深く感動する一方では、現実問題として、全ての方々を表彰するわけにはいかなくなり、申し訳ないことではあるが、ここに模範答案なるものを示して、それをズバリ的中させた方々だけを表彰するハメになってしまったことを了承して頂きたい。
問題文を、まずヒョータン型の胴のくびれた部分と底の丸い部分との幾何学的な特徴づけを求めていると読んでみる。そして胴部は凸型であることに気付いて、"曲がり方"(数学用語では曲率)という概念が導入できれば"それが凹または凸であることをイーストが感じて芽をだしている"のだろうという予想がたてられる。このとき、凸型になっている底部は広い範囲で同じような曲がり方をしている(曲率ほぼ一定)ことを見抜けば、凸を感じる方のイーストの発芽点のバラつきの説明が可能になる。
そこで、イーストがどうやって、また、何のために、曲がり方を感じているのかという問題になるが、これについては次のように考えてみる。例えば、両端を固定したゴム紐を考え、その中央部を指でつまんで手前に引くと、指はゴム紐によって逆方向に引っ張られる。ゴム紐を分子間引力、手前に引いたときの形を、曲がり方が凹と読みかえると、イーストは凹部では負圧をうけ、同様にして、凸部では正圧をうけることになる。これは、表面張力によって曲がり方、従ってヒョータンの形が、イーストの表面に加わる圧力に変換されているとも表現できる。
するとイーストの表面を形成する膜になんらかの圧力を感じる構造が存在して、それが発生学的な要因によって、正または負に発動されて、発芽点を決定しているとするのは自然であろう。
重ねてお断りするが、これだけが唯一の可能性だと考えているわけでは決してない。ただ、現時点で、どれが一番もっともらしいが、どれに賭ければよいかの問題なのである。
実際、頂いた答案には、この曲率型のほかにも、
・膜厚の違いによってヒョウタン型がイースト表面に伝達されるとする膜厚型、
・問題文中にしめされた距離の考えを何らかの手段によって補正しようとする距離補正型、
・イーストそのものの運動を考えようとする運動型
などがあった。
しかし、例えば運動型についていえば、顕微鏡を覗いてみれば、やはり、その可能性は低いと言わざるを得ないし、また、学問の面白いところは、できるだけ単純な、必要最小限のパラメーターによって現象を記述するところにあるとも思われるから、むしろ、パラメーターを増やしてしまう傾向にある運動型はあえてとらなかったことは許して頂けると思う。ただ、同じく運動を考えるといっても、イースト内部の構造的変化に還元して、生物学的な意味でのパラメーターの単純化を考えた方々のものは、生物学、分子生物学の最近の動きに一致していることでもあり、(素人としては)出来るだけの考慮を払ったつもりである。