研究室紹介 荻朋男教授&岡泰由特任助教 特別インタビュー

  • 2016/05/24
  • 環境医学研究所
  • 荻朋男教授
  • 岡泰由特任助教

名古屋大学 環境医学研究所(所長:山中宏二教授)は、人々が安全・快適に暮らせる30~50年後の近未来社会に向け、健全な次世代を育ててゆくための医学・生物学に関係する研究に取り組んでいます。当研究所、発生・遺伝分野の荻朋男教授が主宰する研究グループは、世界中の難治性遺伝性疾患の患者さんを対象に、人類遺伝学とDNA修復をキーワードに研究を行うことで、近未来環境に想定される健康障害の発症機構究明に努めています。
多彩な分野の専門家が集い、オリジナルなアプローチを展開する研究室、荻グループの荻朋男教授および岡泰由特任助教を取材しました。

(聴き手:梅村綾子/NU Research)


荻グループのみなさん

様々な興味、背景をもつ研究者が集えば、研究推進力の強化につながる。

NU Research:

本日は先生方の研究室について色々教えて頂きたく、どうぞよろしくお願いいたします。
まず、先生方がご所属の環境医学研究所では、どのような分野の研究者が活動しているのでしょうか?

荻教授:

環境医学研究所では、医学系を中心としつつも、異なる背景を持つ研究者が多数集まり、人体の適応機構や疾患発症の解明および予防・治療に関して、分子レベルから生体レベルまで幅広く研究を進めています。私たちをとりまく社会環境や自然環境は、医学、薬学、工学、理学、農学、地球化学、気象学など多くの分野と関連しています。

名古屋大学 環境医学研究所

荻教授:

私たちの研究室も、生物学、工学、理学、環境科学、医学、薬学、人間科学などの専門家が一緒に研究をしています。他分野の研究者が集まることが、研究推進の上でも効率が良いように思っています。発生遺伝学は、様々な分野での研究対象となりやすいため、より幅広い分野の研究者を今後も受け入れていく予定です。

ちなみに、私は名古屋大学工学部の出身です。学生の頃、分子生物学が目覚ましい発展を遂げており、「生命現象を分子レベルで理解する」ことに興味を抱くようになりました。特に、大腸菌からヒトまで備わっているDNA修復機構について勉強するにつれ、DNA修復が上手く機能しないことによって様々な疾患を発症することを知りました。DNA修復の異常と病気の関係を研究するために、次世代シーケンサーや質量分析装置など、最新テクノロジーを積極的に導入し、疾患発症の分子メカニズムを理解することで、臨床現場における治療の可能性へとつなげていくことを目指しています。

岡特任助教:

私は薬学部出身です。学生時代より、DNA損傷・修復について研究しています。DNAは常に内的・外的要因によって傷ついています。ですが、私たちの細胞はその傷を正確に治すことができます。学生時代は、放射線で細胞に傷をつけることで、DNAがどのような分子メカニズムで修復されるのかについての研究に取り組んでいました。それがベースとなり、今ここ荻グループの一員として、研究に励んでいます。

ゲノムDNAの損傷とDNA修復機構(画像は、説明資料として荻グループより提供)

NU Research:

研究室としては、何を興味に研究しているのでしょうか?

荻教授:

この研究室は、「ゲノムを安定に維持するシステム」の理解を目指しています。ゲノムの不安定化が起きている疾患の原因となっている遺伝子の異常を見つけ、その遺伝子の働きを理解することで、なぜ病気が発症したのか、なぜゲノムの不安定化が起きたのかを明らかにするという研究アプローチで取り組んでいます。

2015年のノーベル化学賞「DNAの修復機構の解明」でも再注目されましたが、私たちの体を構成している一つ一つの細胞には、傷ついたDNAを修復するシステムが備わっています。私たちは、DNA修復システムの異常が原因となり発症する難治性遺伝性疾患を対象に研究することで、ゲノムを安定に維持する機構について、分子レベルで、その究明に取り組んでいます。

岡特任助教:

例えば、Fanconi貧血という遺伝病があります。Fanconi貧血は造血幹細胞を維持することができず、血液を作ることができなくってしまう病気ですが、DNA修復に関連する遺伝子の異常によって、病気が発症することが明らかとなっています。

荻教授:

病気の原因を調べることは、直接「病気を治すこと」につながると思われるかもしれませんが、私たちが研究している遺伝性疾患は、完全に治療するということが現時点では非常に困難です。しかし、病気の原因を知り、症状の悪化を防ぐことで、患者さんのQOL向上に繋がる可能性が期待できます。さらに、DNA修復メカニズムが理解できれば、例えば「がんはなぜ起きるのか」「老化はなぜ起きるのか」といった、生命現象についての根本的な理解にもつながってくるのです。

私たちの研究室では、「病気の原因を明らかにすること」を大きな目標とし、遺伝性疾患から見つかってきた遺伝子の役割を分子・細胞・個体レベルで日々研究しています。こうした基礎研究により、ここ環境医学研究所が目指す、様々な環境ストレスに対する人体の適応機構とその破綻による疾患発症機序の解明および予防法の開発に貢献していきたいと考えています。

研究室の風景
NU Research:

病気の原因となる遺伝子異常の同定、機能解析、そして病態解明までの一連の流れについては、どのように取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

荻教授:

まず「病気の原因となる遺伝子異常の同定」については、世界中の医療機関と協力し、難治性遺伝性疾患の患者さんの細胞やDNAサンプルを集め、細胞のDNA修復の能力を評価したり、DNAの塩基配列を解析することによって、病気に関係する遺伝子の候補を絞り込んでいきます。

私たちの研究室では、次世代ゲノム解析(NGS)という最新技術を導入し、患者さんのDNA配列を解析しています。NGSを利用することで、およそ二日でヒト一人分のDNA配列が読める程にもなりました。ヒトの遺伝情報が記録されている設計図であるゲノムDNAには、約30億文字(DNAには1文字1塩基として記録されている)が並んでいます。その中でタンパク質を作る情報をもつ遺伝子の部分は数%しか存在していません。私たちはその数%の情報に注目して解析することによって、病気の原因を見つけようと研究に取り組んでいます。

次世代シークエンサーとゲノム解析サーバー

岡特任助教:

NGSによって患者さんから病気の原因となる遺伝子変異が同定されたら、その遺伝子の機能がすでに明らかとなっているのか、もしくは役割が分かっていないのかによって、研究の進め方は異なってきます。機能未知の遺伝子変異が見つかった場合はその遺伝子がコードするタンパク質の「機能解析」に進みます。候補タンパク質の役割を知るために、生化学的な方法を用いて細胞内のタンパク質の量を測定したり、緑色蛍光タンパク質(GFP)を付加した後に、共焦点レーザー顕微鏡下で候補タンパク質が細胞のどの場所で機能しているのかを調べます。また、候補タンパク質と相互作用しているタンパク質を見つけるために、質量分析装置を用いて研究しています。


共焦点レーザー顕微鏡とDNA修復タンパク質の免疫染色像

質量分析装置


荻教授:

こうした分子・細胞レベルでの解析の後には、個体レベルで病態解析する必要が出てきます。世界中の難治性遺伝性疾患の患者さんを対象に研究をおこなっていますが、罹患率の低い病気が多いことから、同じ種類の病気を発症した患者さんから多数のデータを集めることは非常に困難です。そこで、その病気のモデルマウスを作成することで、ヒト個体を模倣した病態研究に取り組んでいます。このため、動物実験を専門とする研究者も在籍しています。

NU Research:

この一連の研究アプローチにおいて、一つの研究室に様々な専門家がいる方が効率よく研究推進できる、というわけですね。


荻教授:

まとめると、私たちの研究室では、人類遺伝学とDNA修復という二つの分野にまたがり研究を進めています。ヒトの疾患に関与する遺伝子を研究する人類遺伝学をベースとし、患者さんから見つかった遺伝子がどのようにDNA修復に関与しているかを明らかにする、というアプローチです。

私たちの研究室では、様々な専門家が「ゲノムを安定に維持するシステムの解明」に向け、それぞれ得意とする最先端の機材や技術(次世代ゲノム解析/プロテオミクスなど)を駆使して、遺伝子/タンパク質/生体レベルでの解析を実施しています。

岡特任助教:

実際、私は、荻グループの一員になって初めてゲノム解析に触れました。以前は、デンマークの研究所でDNA修復に関する研究を専門としてきましたが、荻グループに来てからは、引き続きDNA修復に関する機能解析を担当する他、研究室内のゲノム解析の担当者と連携して研究を進めることに効率の良さを感じています。

荻教授:

この一連のアプローチにより、世界に先立って研究を進めてきたため、新たにヒトの病気の原因となる遺伝子変異を7個見つけることに成功し、国際科学雑誌に報告しました。さらに複数個の病気の原因となる遺伝子変異を見つけ、機能解析ならびに病態モデルマウスを作成し、現在解析中です。

NU Research:

荻研究室のご紹介を頂き、ありがとうございました。
最後に、研究室を訪問したいとお考えの皆様に、荻教授より一言お願いいたします。

荻教授:

研究に興味のある方はもちろん、最先端の科学技術・研究機材に触れてみたい方も、是非一度研究室を覗いてみてください。

***お知らせ***

第57回名大祭(2016年6月2日~5日開催)の研究公開企画で、名古屋大学 環境医学研究所 発生遺伝分野 荻グループが「遺伝子診断でヒトの病気に迫る」をテーマに研究室を紹介します。この機会に、是非ご来学ください。

<第57回名大祭(2016年6月2日~5日開催)の研究公開企画>

名古屋大学の約50研究室が当企画に出展予定!

研究者らと最先端の研究に触れ、理解を深める貴重な機会です。

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