平成28年度 最先端国際研究ユニット 石原一彰教授&上垣外正己教授&横島聡准教授 特別インタビュー

  • 2016/06/21
  • 最先端機能分子・材料合成技術ユニット
  • 石原一彰教授(工学研究科)
  • 上垣外正己教授(工学研究科)
  • 横島聡准教授(創薬科学研究科)

名古屋大学は、研究大学強化促進事業の一プログラムとして、最先端国際研究ユニットを学内公募し、将来の国際研究拠点形成を支援しています。平成28年度の採択に決定した「最先端機能分子・材料合成技術ユニット(代表:工学研究科 石原一彰教授)」は、名古屋大学が強みとする分子技術である「触媒・反応化学」「高分子合成化学」「生物有機化学・全合成学」を調和させることにより、世界の追随を許さない革新的な合成技術の獲得、言わば「分子レベルのモノづくり拠点」を目指します。本研究ユニット結成の経緯、および研究者らの意気込みを伺うべく、ユニット構成研究者の石原一彰教授、上垣外正己教授および横島聡准教授を取材しました。

(聴き手:梅村綾子/NU Research)

名古屋大学の有機化学者らが研究ユニットを創設。「分子レベル」の世界でも、愛知・名古屋にモノづくり拠点を目指す。

名古屋大学、—と有機化学研究者

NU Research:

本年度の最先端国際研究ユニットに、先生方の「最先端機能分子・材料合成技術ユニット」が採択されたとのこと、おめでとうございます。
はじめに、研究ユニットとして、結成に至った背景をお聞かせください。

石原教授:

「最先端機能分子・材料合成技術ユニット〔英語名:Cutting-Edge Synthetic Technology Unit for Functional Molecules and Materials (M&M SYNTECH Unit)〕」は、有機化学の中でも特に「触媒・反応化学分野」、「高分子化学分野」、「生物有機化学・全合成学」の三本柱で支えられています。

これら三分野において、名古屋大学は、世界に誇る実績を積み上げてきた歴史があります:

「触媒・反応化学」の研究分野では、不斉触媒で2001年ノーベル化学賞を受賞した野依良治特別教授や、デザイン型分子性酸触媒でノーベル化学賞候補者に挙がっている山本尚名誉教授、

「高分子化学」の分野では、らせん高分子の精密合成で光学異性体の分離技術に貢献した岡本佳男特別招へい教授、

さらに「生物有機化学・全合成学」分野では、蛍光タンパク質で2008年ノーベル化学賞を受賞した下村脩特別教授、天然物をターゲットに全合成研究を牽引する福山透特任教授、

など有機化学第一人者を多数輩出してきました。

石原教授:

私たちが主宰、所属する研究室は、そのような歴代有機化学者らと深いつながりのある研究室です。

私(石原教授・工学研究科)は、山本尚教授の後任として教授となり、酸・塩基反応による有機触媒や典型金属触媒など、高機能触媒の開発に取り組んでいます。

工学研究科の上垣外教授は、岡本佳男教授の後任です。精密に制御された新規重合反応の開発、および植物由来モノマーを用いた機能性高分子材料の開発で研究成果を挙げています。

創薬科学研究科の横島准教授は、福山透特任教授の研究室に所属し、天然物のもつ複雑な分子構造を合成するための新しい方法論の開発に取り組んでいます。

そして、もう一人、上海有機化学研究所のYOU Shuli先生に、年に何週間か本学に滞在して頂きユニットメンバーの一人として参画して頂くことになりました。YOU先生は遷移金属触媒の研究開発を専門としており、有機触媒の研究を得意とする私と一緒に素反応の研究を担当します。また、本研究ユニットが国際研究ユニットとして展開できるようにご協力頂ければと期待しています。

NU Research:

誇りと勢いが感じられますね。実際、名古屋大学は有機化学のフィールドを得意としているイメージがあります。

石原教授:

名古屋大学には、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)のトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)があり、
世界屈指の分子合成力が推進力となり、生命科学・技術を根底から変える革新的機能分子「トランスフォーマティブ生命分子」を生み出すことを目指しています。また名古屋大学では、毎年、名古屋メダルセミナーが開催されています。東海地区の有機化学研究者が組織委員となり、国際的に偉大な業績を挙げている合成化学者へゴールドメダルを、将来有望な若手研究者にシルバーメダルを授与しています(右写真:名古屋メダルセミナーで受賞者に授与されるゴールドメダルとシルバーメダル 公益財団法人万有生命科学振興国際交流財団HP)。

このように、名古屋大学には、有機化学の拠点であることを世界に強力にアピールしている地盤があります。

愛知・名古屋、とモノづくり

NU Research:

この度のユニット結成で「分子レベルのモノづくり拠点」を目指す、ということですが、愛知・名古屋は、また「モノづくり技術」においても誇るべきところがあると思います。
先生方のご研究においては、それが「分子レベル」の世界で繰り広げられている、ということですね。

石原教授:

モノづくりと言えば、自動車をはじめとして、鉄鋼や機械などの印象が強いかと思います。このような重工業も名古屋大学が強みとして展開している分野ではありますが、私たちが専門としている分子レベルのモノづくり(分子技術)においても、まずは名古屋大学にその拠点を築くことから始めたいと思っておりました。

そんな矢先、最先端国際研究ユニットの公募の知らせを受けました。当ユニットは、未だ工学部からの採択実績がなかったこともあり、名古屋大学の強みを活かす研究ユニットを結成したい、と上垣外教授と横島准教授にお声掛けしました。

NU Research:

「分子レベルのモノづくり」とは、有機合成の技術そのものを示していると思います。革新的な技術開発を目指す工学分野においても大変重要なことですね。

石原教授:

私たちは各々にも、分子技術の開発に取り組んでいます。さらにユニットとして、それら分子技術を調和させることで、革新的な機能性材料や新薬の開発を促すような「最先端機能分子・材料合成技術」が生み出されることを目指していきます。科学技術にブレイク・スルーをもたらすものは革新的な物質であり、その物質をいかに入手できるか、その技術開発こそに力点を置いています。

これまで、天然物や天然素材から革新的な物質を探し当て、それをヒントに目的に特化した分子・材料のデザインを開発していくのが常套手段でしたが、次第に自然界から革新的な物質を探し当てることが困難になってきました。また、予見可能な分子や材料が提案され、それらを合成し提供するのが合成屋の役割であると思っている方もいます。しかし、予見可能な分子や材料は、もはや、革新的とは言い難いです。そこで、私たちが分子技術を磨きこれまで合成が困難だった物質や新規物質を創出していくことで、全く新しい人工物質ライブラリーを構築し、予見できない革新的な機能物質のヒット率を上げていくことが狙いです。極論かもしれませんが、製薬企業の世界で言えば、「メディシナル研究」「プロセス研究」に並ぶかたちで、磨き上げた分子技術に基づく「新規物質の創出研究」を立ち上げたいのです。

各々の研究が生み出すシナジー効果

NU Research:

先生方は、ユニットを結成する前にも、研究において協力することはあったのでしょうか?

石原教授:

三人とも、大学内、同じ東山キャンパスにいますが、研究において協力する場や環境はほとんど無かったですね。

上垣外教授:

石原教授と私(上垣外教授)の研究室は、工学部1号館の7階と9階という近さなんですが、研究となると中々協力するという環境はないものです。また石原教授と私は、名古屋大学 博士課程教育リーディングプログラムの、グリーン自然科学国際教育研究プログラムで共に学内運営委員を担当しているのですが、やはり研究関係で協力するきっかけが何かないと、そうすることは難しいように思います。

横島准教授:

研究者らは学会に所属していて、そこでの活動も大きいと思います。石原教授は日本化学会、上垣外教授は高分子学会、そして私(横島准教授)は日本薬学会に所属しています。つまり、学会が異なると、研究関係で協力することがほとんど無いかもしれません。—別の学会に所属しながら、私たちは有機化学を共通の言語として研究を進めているのですが。

石原教授:

単一分子、高分子、工学、薬学というように、各々が異なる分野に席を置きながら、分子レベルでの「モノづくり」という点で、私たちは非常に近いところで研究しています。今回、分野間の壁を超えて、それぞれの視点での「モノづくり」の考え方を見つめ直そうとする点が本研究ユニットの最大の強みになっていると思います。有意義な意見交換や情報共有を図るきっかけとしても、本研究ユニットの価値が見出されていくだろう、と期待しています。

NU Research:

以前、石原研究室のご研究成果の一つをNU Researchのハイライト論文でも紹介させて頂きました。
(参考:http://www.aip.nagoya-u.ac.jp/public/nu_research_ja/highlights/detail/0003356.html
石原教授は、ご研究内容においては、本研究ユニットでどのような連携を期待されていますか?

石原教授:

私(石原教授)の研究興味を一言で表すと、環境に優しい条件下で有機反応を自在に制御することにあります。例えば、医農薬品などの化合物製造に対して求められていることは、高純度かつ低コストで大量供給できる、ということです。そこで、何を制御すべきか、というと「各々の有機反応の反応選択性、エナンチオ選択性、ジアステレオ選択性、基質選択性、位置選択性、配向選択性、官能基選択性、etc.」であり、どのように制御するか、というと、「触媒」がそのカギを握っています。

私たちは、環境に優しい生体酵素反応に着目し、「環境低負荷条件での高度な触媒機能」を小分子レベルで再現することを目指しています。特に、比較的安価な元素である水素(H)、リチウム(Li)、ホウ素(B)、窒素(N)、リン(P)、ヨウ素(I)などを用いた酸塩基複合触媒とその反応設計・開発に力を入れています。

一度、触媒を使った反応設計が完成すると、色々な展開が期待できます。反応を何度か繰り返すと重合が行われ、高分子が合成されていきます。また、同じ触媒で複数の反応を制御することもできるので、複数の反応を一挙に行う「ワンポット合成」や「カスケード反応」などの開発にも展開できます。高分子化合物の分野では上垣外教授と、医農薬品などの分野では横島准教授と、横のつながりで互いの研究興味を更に展開していけることを期待しています。

石原研究室 研究概要

NU Research:

上垣外教授のご研究興味からは、本研究ユニットにどんなことを期待されていますか?

上垣外教授:

私(上垣外教授)の研究室では、合成高分子をつくる有機反応(重合反応)の開発とその応用について研究しています。合成高分子(ポリマー)は、プラスチック、繊維、ゴムなど、私たちの身の周りのものに利用されている材料です。このような高分子材料は、重合反応を工夫して、さらに「きれい」な構造の高分子つくることで、性能や機能の向上が期待されます。それを目指して、私たちは新しい重合反応の開発に努め、構造の制御された多彩な高分子の創製に取り組んでいます。ビニル基(二重結合)の重合反応を得意としており、天然にも二重結合をもつ化合物が豊富にありますので、そのような植物由来化合物を用いた重合反応の開発にも力を入れています。

本研究ユニット結成を機に、石原教授と話を進めていく中で明らかとなったのですが、石原研究室で創製された合成産物の中に、予期せぬも反応を繰り返してしまい、結果、石原研究室にとっては不要産物となってしまったポリマーがあるそうです。そんなところでも有意義な意見交換ができたら面白いと思っています。また、天然物の全合成を専門とする横島准教授とも、例えば、天然物である植物由来モノマーが接点となるなど、幅広く意見交換ができることを楽しみにしています。

上垣外研究室 研究概要

NU Research:

横島准教授のご研究興味からは、本研究ユニットにどのようなことを期待されていますか?

横島准教授:

私(横島准教授)のグループは、複雑な分子構造をもつ天然有機化合物の全合成に取り組んでいます。つまり、入手可能な有機物を出発点にして、分子の機能を示す部分である官能基を加えていきながら、目標となる天然有機化合物(合成ターゲット)の効率的合成法を開発しています。ここでのポイントは、合成ターゲットはもちろんのこと、合成の各段階での化合物の構造や性質をしっかりと理解することです。私たちはインフルエンザ治療薬「タミフル」の高効率合成法の開発に携わっておりましたが、このような医農薬品をはじめ、人類の役に立つ有機化合物を自由自在に、そして大量合成をも実現していくことを目指しています。

天然物の全合成研究では、複数の官能基が密集した化合物を扱うことがしばしばありますが、その際に遭遇する興味深いところをお話しますと、化合物中の官能基同士が影響しあい、時に予期せぬ“変な”ことが起こってきます。そのときは、新しいものができるチャンスです。本研究ユニットで意見交換することで、視野広く挑戦していけることを楽しみにしています。

横島准教授の研究グループ 研究概要

NU Research:

意見交換も、構造式を通じた会談となり、盛り上がりそうですね。
本研究ユニットでは、研究分野を新たに特化し、展開していくこともあるのでしょうか?

石原教授:

新薬などの単一分子や、機能有機材料などの高分子における革新的創製技術の開発を目標に挙げるも、「革新的な物質」が何なのか、まだ誰にも分かりません。そのため、本研究ユニットでは、まず、各研究室のアイデンティティを尊重しながら相互の関係を構築することで、研究ユニットとしてのシナジー効果を得ていき、さらには発展できるようにしていくことを目指しています。本研究ユニットで得られるシナジー効果は、そんな「革新的な物質」を合成する方法を見出していけると信じています。

本研究ユニット 概要

石原教授:

それぞれのユニットが情報提供し合う場として、6月3日に、第一回研究交流会(参加者29人:教員10人、PD1人、DC8人、MC9人、BC1人)を実施しました(非公開)。各々の研究の推進や共同研究への展開を期待し、研究成果を自慢しあうことが目的ではなく、意見交換を目的とした交流会です。

第一回は、互いの分野と視点の違いがとても新鮮となり、大変有意義な交流会となりました。石原ユニットは反応の様々な選択性を触媒で自在に制御することを目指しています。上垣外ユニットは高分子重合度を究極に揃えられるリビング重合などの精密重合を目指しています。石原ユニットは単一分子または単量体の分野、上垣外ユニットはそのような単量体が複数結合した、鎖状や網状となった重合体の分野を専門としているため、両研究ユニットの視点の違いは「価値ある気付き」につながりました。また、横島ユニットは、全合成は各反応の寄せ集めではなく、各々の反応がつながるように分子変換していく必要があることから、合成ターゲット特有の構造式から逆合成ルートを読み解いていくことの重要性を述べられました。

交流会を通し、それぞれのユニットで視点も価値観も異なることが浮き彫りになりました。こうした“価値観の異なる”合成化学者が集まり、今後も毎月の交流会にて、喧々諤々の議論を繰り広げていく予定です。

これから2年間、私たちは前進、展開すること必至です!『何か作りたいなら、あそこ行って聞いてこい』と言われるような拠点にしていきたいですね。

NU Research:

先生方、本研究ユニット結成の経緯そして意気込みをお話頂き、ありがとうございました。
進捗状況等も、NU Researchで取材させて頂けること、楽しみにしています。

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