植物の受精~受精後、ライブイメージングで全貌解明

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  • 2015/06/26
  • WPI-ITbM
  • JST-ERATO東山プロジェクト
  • 高等研究院
  • 丸山大輔YLC特任助教
  • 東山哲也教授

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JST-ERATO)東山ライブホロニクスプロジェクトの東山哲也教授と高等研究院の丸山大輔YLC特任助教らの研究グループは、シロイヌナズナを用いて、受精後、助細胞と胚乳が融合して、互いの中身が混じり合う様子を観察することに成功しました。これにより、受精後に細胞に死をもたらす全貌が明らかとなりました。
これまで、植物の細胞は細胞壁をもっているため融合しないと考えられてきましたが、本研究成果により、植物細胞に対する見方を大きく変えるだけでなく、細胞の新たな機能を提示することになりました。これらの点で、教科書を書き換える発見と言えます。
本研究成果は、「Cell」のオンライン速報版に2015年4月23日に公開されました。→リンク:全学プレスリリース

根付いた場所でけなげに成長する植物たち・・という静的イメージとはうらはらに、植物の受精物語は、実にダイナミックであった。生きたまま見る手法により、受精の全貌解明に挑む。

「私たちが食べている米や麦などの一粒一粒は、"植物の受精"によって生まれているのです。」

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の副拠点長およびJST-ERATO東山ライブホロニクスプロジェクトの研究総括である東山哲也教授は、"植物の受精"は私たちにとって非常に重要で身近な話である、と興味を示す。研究グループは、その全貌解明へ向け、オリジナリティ溢れるアプローチにより挑む。

と、、興の趣くままに、「植物の受精」を教科書で調べてみた:

花粉がめしべの先端に付いて、そして花粉管が卵のあるところまで伸びて・・・

(左図・提供:JST news) 

詳しくは、上記掲載JST news、および以下の記事を是非とも読み進めて頂きたいのだが、

何より、「そうか、生きているんだなぁ」という気持ちに包まれた。

「生きたまま見たい。」

との言葉が頭をよぎる。実に、東山教授の言葉だ。

東山教授は、植物の受精を“生きたまま見る”ためにオリジナルな手法を開発し、当時秘境であった植物の受精研究に取り組み始めたのである。

そしてついに、世界で初めて、神秘なる受精物語のライブ映像を撮影することに成功し(動画1)、今まで分からなかった植物の受精メカニズムを解明した。


動画1. サイエンスチャンネル「未来を創る科学者達(24)神秘の瞬間に立ち会う~東山哲也~
(提供:科学技術振興機構(JST))


受精後、役目を果たした細胞たちは、次なるステップへと進む。研究グループは、今回、それを生きたまま捉えるべくライブイメージングの手法を開発し、従来説に異見を唱える成果を上げた。

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まず始めに、図1とともに、被子植物の受精について、簡単に紹介しよう。


図1.被子植物の重複受精と助細胞の不活性化の関係(図は、説明資料として丸山特任助教より提供)


花粉が雌しべの柱頭に受粉すると、花粉は、花粉管を伸ばし始める。行きつく先は、雌しべの奥深くに存在する胚珠。胚珠は、種子の元となる組織であり、内部に、卵細胞1つ、中央細胞1つ、そして助細胞2つ、その他反足細胞をもつが、このうち2つの助細胞が花粉管を呼ぶ物質(LURE)を出すことで、花粉管は正確に胚珠までたどり着くことができる。(Okuda, et al., Nature, 458, 357-361, 2009

花粉管の先端内部には2個の精細胞が収まっている。

胚珠へたどり着いた花粉管は、2つの助細胞のうち、片方の助細胞を破壊して2つの精細胞を放出する。その後、1つの精細胞は卵細胞と受精し、もう1つの精細胞は中央細胞と受精する(重複受精)。受精した卵細胞からは“胚”、受精した中央細胞からは、胚へ栄養を与える“胚乳”がつくられ、これらが種子を形成しているのである。

さて、種子が発達を始めるころには、破裂しなかった方の助細胞は、「もう役目は終わった」と告げるごとく素早く不活性化し、花粉管の誘引は停止するのだが、

ここで一体何が起こっているのか、研究グループはその謎に迫った。

「2つの受精が花粉管誘引停止のカギとなっているのではないか?」

高等研究院YLC(Young Leader Cultivation)プログラムにてITbMで活躍する、丸山大輔特任助教は、まずは、この仮説が全貌解明への大きな一つのステップとなった、と話す。もしこの仮説が正しければ、受精が起きなかった胚珠では、花粉管の誘引が停止されずに別の花粉管が誘引されるはずである。

そこで、精細胞が卵細胞と中央細胞に受精できなかった変異体(ミュータント)を調べたところ、実に80%という驚くべき確率で、胚珠が2本目の花粉管を受け入れた。つまり、破裂しなかった方の助細胞は基本的に生存し続けるが、2つの受精が成功することで、花粉管を誘引する力を失うことが分かったのである。(Kasahara, et al., Curr. Biol. 22, 1084-1089, 2012

「では、卵細胞と中央細胞、どちらで起こる“受精”が特に大切なのか?」

新たに生まれた疑問の答えを求めて、丸山特任助教は、精細胞が1個しかないミュータントを用意した。卵細胞か中央細胞のどちらかと受精させるためだ。

結果、卵細胞だけ受精した胚珠も、中央細胞だけ受精した胚珠も、ともに約30%の確率で2本目の花粉管を受け入れることが分かった。つまり、卵細胞と中央細胞の両方の受精が起こる重複受精では、互いに協力しながら、助細胞を完全に不活性化することが分かったのである。(Maruyama, et al., Dev. Cell 25, 317-323, 2013

そして今回、丸山特任助教は、受精後の残された助細胞にスポットライトを当て、どのように不活性化されていくのか、の謎に挑んだ。

まず、助細胞に含まれるミトコンドリアを緑色蛍光タンパク質(GFP)でラベルして、助細胞の経時変化を観察した。ミトコンドリアは細胞のエネルギーの多くを作り出している組織であり、細胞が死ぬときに変化を見せる。

ところが、助細胞の不活性化の際に見られたのは、ミトコンドリア自体の変化ではなかった。実に驚くべきことに、ミトコンドリアは助細胞の隣にある受精後の中央細胞(胚乳)へと移動したのである(動画2)。


動画2.ミトコンドリア、助細胞から胚乳へ移動
(動画および図は、説明資料として丸山特任助教より提供)


「ミトコンドリアが移動できるからには、大きめの穴があいているんだろう。」

その推測のもと、丸山特任助教は、電子顕微鏡で助細胞と胚乳を隔てる部分を調べた。すると、受精前は見られなかった大きな穴があいていることが確認できた(図2)。この観察から、受精後に助細胞と胚乳が融合することが分かった。

図2.電子顕微鏡による観察。助細胞と胚乳を隔てる部分に、大きな穴(矢印)を確認。(図は、説明資料として丸山特任助教より提供)


細胞融合によってできた穴を介して、助細胞に蓄積していた分泌前の花粉管誘引物質などは、体積の大きい胚乳へ流れだし、助細胞はその機能を大幅に失う。その後、助細胞らしさの元ともいえる細胞核についても、胚乳の核分裂に同調して、崩壊されていく(動画3)。これにより、助細胞の排除が完了するのである。


動画3.細胞核の崩壊
(動画は、説明資料として丸山特任助教より提供)


今回の研究は、助細胞の不活性化の仕組みの全貌を明らかにしたが、そればかりではなく、もう一つ重要な成果を上げた。それは、植物のからだの中で細胞同士が融合する様子を観察した、ということである。

これまでにも、卵細胞の受精と中央細胞の受精は“例外的な”細胞融合として知られていたが、今回の現象は、これに次ぐ新たな発見である。このことは「植物の細胞は、動物とは異なり、堅い細胞壁に覆われている」というイメージを大きく変えるとともに、植物の細胞融合が他にもある可能性を窺わせる。

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今回、植物の受精の全貌が明らかとなり、受精後の胚珠に対して、花粉管が無意味に伸長していかない仕組みが分かった。植物が本来持ち合わせている、少ない花粉で無駄なく種子を作るための知恵である。

「今回の研究成果を発展させることで、将来、作物の収穫を増やすことができるかもしれない。」

丸山特任助教は、今回の発見が、人工的な細胞融合の技術開発につながることにも触れ、今後の発展に益々の期待を込める。

植物の驚くべき能力が根本より分かってくる、と

―未来の諸問題を解決するカギが見えてくる。

(梅村綾子)

研究者紹介

東山 哲也(ひがしやま てつや)氏【名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM 教授

1994年東京大学理学部生物学科を卒業後、1999年同大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程を修了、東京大学より理学博士の学位取得。1998年東京大学にて、日本学術振興会特別研究員、1999年東京大学大学院理学系研究科にて助手を務め、2007年より、名古屋大学大学院理学研究科で教授となる。その間、2008年~2011年は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業でさきがけ研究員、また2010年より、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO東山ライブホロニクスプロジェクトのプロジェクトリーダー、2013年より、WPI-ITbMの副拠点長を務め、現在に至る。


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東山氏のメンター、黒岩常祥先生(東京大学名誉教授)は「いかにおとり鮎に糸がついていることに気付かせず、大きな獲物がいそうなポイントを自由に泳がせるか」という教育方針の持ち主。ご自身、黒岩先生の“おとり鮎”だったと話す、東山氏は、おかげで「人がやっていることはやめよう」とオリジナリティ溢れる研究スタイルを身に付けられた、と話す。
これまでも、研究成果で教科書のページを飾ってきた東山氏。第一発見者になる喜びを目指し、挑戦を続ける。今後のご活躍も益々期待したい(梅)



丸山 大輔(まるやま だいすけ)氏【名古屋大学 高等研究院 YLC特任助教

2004年名古屋大学理学部生命理学科を卒業後、2010年同大学院理学研究科生命理学専攻博士課程を修了、理学博士の学位取得。同年、名古屋大学にてGCOEプレフェローによる研究員となり,続く2011年から日本学術振興会特別研究員(PD)、2014年より現職となる。


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「受精に大切な雌性配偶体に興味があって、」博士課程の学生だった当時、高度に機能分化が進んだ、たった7つの細胞群の研究から受精の仕組みに興味を抱くようになった、という丸山氏。名古屋大学グローバルCOEプログラムのプレフェロー制度(半年~1年間、所属ラボとは別のラボで、新しい技術や知識を習得するシステム)を利用して、東山研に参加。“植物の受精”研究に取り組みだした。
一つ分かると、次の疑問が出るままに、研究はネバーエンディングストーリー。受精ストーリーもその中で全貌解明へつながった。今後の研究成果も楽しみに思うばかりだ(梅)



情報リンク集

Daisuke Maruyama, Ronny Völz, Hidenori Takeuchi, Toshiyuki Mori, Tomoko Igawa, Daisuke Kurihara, Tomokazu Kawashima, Minako Ueda, Masaki Ito, Masaaki Umeda, Shuh-ichi Nishikawa, Rita Groß-Hardt, and Tetsuya Higashiyama.

Rapid Elimination of the Persistent Synergid through a Cell Fusion Mechanism.

Cell. 161: 907 (2015).

(First published on May 7, 2015; doi: 10.1016/j.cell.2015.03.018)

Okuda S., Tsutsui H., Shiina K., Sprunck S., Takeuchi H., Yui R., Kasahara R.D., Hamamura Y., Mizukami A., Susaki D., Kawano N., Sakakibara T., Namiki S., Itoh K., Otsuka K., Matsuzaki M., Nozaki H., Kuroiwa T., Nakano A., Kanaoka M.M., Dresselhaus T., Sasaki N., Higashiyama T.

Defensin-like polypeptide LUREs are pollen tube attractants secreted from synergid cells.

Nature, 458: 357 (2009).
(First published on March 19, 2009; doi: 10.1038/nature07882)

Ryushiro D. Kasahara, Daisuke Maruyama, Yuki Hamamura, Takashi Sakakibara, David Twell, and Tetsuya Higashiyama.

Fertilization Recovery after Defective Sperm Cell Release inArabidopsis.

Curr. Biol. 22: 1084 (2012).
(First published on June 19, 2012; doi: 10.1016/j.cub.2012.03.069)

Daisuke Maruyama, Yuki Hamamura, Hidenori Takeuchi, Daichi Susaki, Moe Nishimaki, Daisuke Kurihara, Ryushiro D. Kasahara, and Tetsuya Higashiyama.

Independent Control by Each Female Gamete Prevents the Attraction of Multiple Pollen Tubes.

Dev. Cell 25: 317 (2013).
(First published on May 13, 2013; doi: 10.1016/j.devcel.2013.03.013)

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